近江支配と安土城から信長を考える本「織田信長 その虚像と実像」松下浩 著

近年、織田信長研究の概説書が手頃なサイズで次々と出されているが、本書もその流れに乗って2014年6月に発売された一冊である。信長に関しては基本的にスタンダードな記述で手堅いが、本書が特徴的なのは、著者が安土城の研究者であるがゆえに、信長による近江支配と安土城について焦点があてられていることだろう。『信長の近江侵攻以後、近江がどのように変わり、どのように変わらなかったのか。近江の中世から近世への過程を辿る』(P7)ことが信長の実情を描くことと並ぶ本書のテーマであるとしている。この近江支配に関する記述がとても興味深かった。

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群雄割拠の近江

戦国時代の近江は、他国にみられるような統一して専制的な領国支配を行う戦国大名が登場せず、北近江で浅井氏が台頭し、南近江の守護六角氏と対抗、さらに西近江には室町幕府奉行衆である朽木氏ら高島七頭と呼ばれる国人連合が両氏から自立して勢力を保ち、これとは別に一向一揆勢力が各地で力を持つという、『守護六角氏を頂点としたゆるやかな結合によって、各々が自立的に存在』(P139)する、いわば割拠状態にあった。『中世近江の特質を一言でいうならば「自立性」「自力救済」という言葉がふさわしいだろう』(P138)というように、「自力救済」は日本の中世社会を表す際に必ずと言っていいほど用いられる言葉だが、それゆえに非常に中世らしい状況にあった。

『近江において強大な権力を持つ戦国大名が誕生しなかった理由については、京都に近く、延暦寺など権門寺社の荘園が広く展開し、守護権力の介入を拒否していたことや、近江国は生産量が高く、生産物をめぐる領主間の争いが発生しにくいことから、領主権力が結集して生産物を奪い合う状況が生じなかったことなどがあげられる。』(P41)

元亀争乱

1570年~73年の浅井氏離反から六角氏降伏までの間の信長と近江諸勢力との戦い「元亀争乱」はこの近江の自立性という特徴故に各反信長勢力が結集せずに個々に戦いを挑むことになり、複数の戦いが別個に起こるという展開を辿った。一向一揆ですら、湖北と湖南とで別勢力であり、それぞれが個別に蜂起している。近江の反信長勢力は有機的な連携を構築できず各個撃破されていくことになるわけだが、逆に信長にしてみれば一つ一つ潰していかなければならず、時には同時多発的に戦闘が発生するなど、かなりの苦労をさせられることにもなった。

琵琶湖城郭ネットワーク

信長の琵琶湖支配体制である「琵琶湖城郭ネットワーク」の論が面白い。割拠状態にあった近江では信長がはじめて琵琶湖を統一支配下に置いたことになる。坂本城、長浜城、安土城、大溝城の四つがそれぞれ琵琶湖畔に築かれて港湾を持つ城下町が整備されることで、軍事的・経済的に交通の要衝である琵琶湖支配体制を整えた。ただ、坂本城は元亀争乱中の水軍の軍事拠点として築かれ、他の三城は争乱後に築かれており、それぞれ目的が違うため、元から構想としてあったというよりは、結果として城郭のネットワークが支配機構として整ったというものであるようだ。

『琵琶湖城郭ネットワークとは、長浜城、安土城、坂本城、大溝城という、琵琶湖岸の用地に自身と家臣の居城を築かせ、そばを通る街道と合わせて、水陸両方の交通を掌握しようというものである。これらは、琵琶湖を城の縄張に含みこんでいること、城下町もまた湖に面しており、中世以来の港をその中に取り込んでいることが共通点として挙げられる。また、ほぼ等間隔で琵琶湖を取り囲む配置や、いずれの城も瓦葺で石垣と天主を持つなど、その築城には信長の意志が強く働いているとされる。』(P142)

このあたり、地図を俯瞰して見ることで、一気に立体的に立ちあがってくるのでとてもエキサイティングだ。

ほか、信長の国家構想や安土城の目的などについても近江支配体制から敷衍して論じられているほか、信長によって近江がどのように変わっていったかなど色々と面白い。安土城の遺構から信長が天皇の安土行幸を準備しており、旧来の秩序を維持した上で、天皇の下で自身が天下を成敗する体制を構想していたのではないかとする論は、たしかにこの観点からだと説得力がある。

商人の自立性を解体した楽市・楽座

楽市・楽座についても、従来言われていたような自由経済の推進という面よりは、むしろ、『自律的に存在していた在地の商業拠点を安土城下に集中させ』、『商人の自立性を解体し、権力に奉仕する存在として位置付けようという意図がうかがえる』(P88)。また少なからず旧来の座組織を安堵しており、楽座の実施は限定的で、安土城下以外では既得権益は保護されていた。このあたりの指摘は、楽市・楽座は過大評価されてきたという批判が強まっている近年の楽市・楽座研究を概ね踏襲したものだろうと思う。

『信長の産業政策の基本は、既存の中世商業を利用することにあり、座が解体され、中世商業が近世商業へと再編されるのは次なる豊臣政権の時代において初めて実現するのである。』(P89)

全体で150ページ余りとコンパクトにまとまった信長本だが、特に近江から信長を考えるという視点にほぼ絞られており、とても面白い考察になっている。

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