「心霊の文化史—スピリチュアルな英国近代」吉村 正和 著

十九世紀半ばから二十世紀初頭にかけて英米を中心に隆盛を迎えたのが心霊主義(スピリチュアリズム)である。近代的な思想運動として始まった心霊主義は第二次大戦後衰退するものの、60年代のニューエイジ、70年代のオカルトブーム、80年代以降の新宗教運動などを始めとして文化、学問、思想など現代社会の隅々に大きな影響を残している。その心霊主義はどのような過程で広がっていったのか、十九世紀の心霊主義進展の見取り図を描く一冊である。

心霊主義の見取り図といっても、その範囲はあまりに広く、その思想は限りなく深く難解だ。様々な研究書・概説書が出ており、そのアプローチは多様である。本書では心霊主義を『合理主義という時代環境の中で誕生史、成長し、変容していった<自己>宗教の一つ』(P9)と捉え、『心霊主義の社会精神史的な意義を(ⅰ)骨相メスメリズム、(ⅱ)社会改革、(ⅲ)神智学(ⅳ)心理学(ⅴ)田園都市という五つの視点から考察』(P27)している。

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ハイズヴィル事件

心霊主義興隆の発端となったのはハイズヴィル事件である。1848年、米国の小村ハイズヴィルに住む15歳のマーガレットと12歳のケイトのフォックス姉妹がラップ音を操れるようになり、霊との交信が出来るようになったという。この噂はたちまち広がり、ラップ音を起こせることを皆の前で実演、霊媒姉妹として有名になり、彼女らの姉リーも姉妹に倣って霊との交信を行い霊媒師として知られていく。

ハイズヴィル事件については謎が多い。本書では後に姉妹がインチキだったと告白して決着したように説明されているが、三浦清宏著「近代スピリチュアリズムの歴史-心霊研究から超心理学へ-」、津城寛文著「〈霊〉の探究-近代スピリチュアリズムと宗教学-」などを参照すると、姉のマーガレットが自身の行為がインチキであることを告白したとき彼女はお金に困っていて、当時一般的に言われていたような批判の文脈そのままの説明をしたが、後日改めて告白を否定しており、結局実際にどうだったのかは曖昧なまま関係者は皆亡くなっていった。

今となっては、真相は闇の中だが、ハイズヴィル事件はその心霊現象が事実だったか否かは最早問題ではなく、重要なのはその影響の方である。ポルターガイスト現象や霊との交信という超常現象を、一般大衆だけでなく貴族や企業家などの上流階級、作家や科学者などの知識人に至るまで、非常に多くの人々が信じ、自らも霊との交信を試みようと各地で降霊会が流行、霊媒師が次々と登場し、透視や自動筆記、空中浮遊など超常現象の実践を行うようになっていき、特に英国を中心とした世界的な心霊主義勃興の契機となった。

キリスト教的価値観の崩壊

当時、伝統的なキリスト教的価値観は過去のものとなりつつあった。近代自然科学の登場に始まる合理主義から啓蒙主義へと至る流れの中で、超越的な神に代わり人間の理性が重視され、理性が人間を神へと押し上げる力を持つと観念されるようになると、既存の宗教観に代わる新たな思想が求められるようになった。啓蒙主義に続くロマン主義によって理性と並び想像力が聖化され、芸術・学問によって人間は真・善・美という神の秘密を知ることができるようになるのではないかという信仰にも似た観念が生まれる中で、その模索の混沌に中に投げ込まれたのがハイズヴィル事件であり、そこから始まる心霊主義運動であった。

「霊との交信」という発想の背景にあったのが、当時の通信手段の発達であったという指摘は非常に興味深い。モールス信号の実用化は1844年であり、1860年代以降、心霊主義の隆盛と海底ケーブルの敷設(1866年、大西洋横断海底ケーブル)や電話の発明(1860年ライスが製作、1876年ベルが特許出願)など通信網の整備は同時期に進んでいる。これまで想像もしなかった遠距離通信を可能とする科学技術の進歩と、「霊との交信」の人口への膾炙とが相互に影響しあっているという。『ハイズヴィルにおいて死者の霊との交信は、モールス信号のように、コツコツあるいはトントンという音によって行われた』(P27)

骨相学、メスメリズム(催眠術)、社会主義運動や労働運動、ロバート・オーエンらによる理想社会建設などが心霊主義誕生と密接に関っているという指摘も、そういえば他の書籍ではあまり深く説明されないところのように思うので、本書の特徴だろう。オーエンが晩年心霊主義に傾倒していたことは知らなかった。

骨相学

メスメリズムについては先日「資本論に次ぐ影響を与えたという十九世紀末のユートピア小説「かえりみれば――二〇〇〇年から一八八七年」エドワード・ベラミー 著」で書いたので、骨相学についてちょっとだけ触れておくと、十九世紀初頭に誕生した脳と人間の性格とを結びつけて考えられた学問である。『人間の性格や能力は脳の器官に基づいており、脳の発達の具合は頭蓋の刑場から判断できるという仮説』(P41)に基づいた疑似科学、といっても当時は学問として認められ、非常に広まった「科学」である。骨相によって人間の能力や性格が判断されるということは、浮浪者や犯罪者などは『脳の諸機能がバランスを欠いたまま発達した結果』(P51)であり、ヴィクトリア朝体制は『脳の諸機能を適切に発達させた人間が建設した理想型』で、ヨーロッパ人の頭蓋を理想形として、それ以外のアジア・アフリカ人を劣ったものとする人種差別の学問的な根拠を与えるものでもあった。相性診断や性格判定などカジュアルに利用されて大流行し、後にメスメリズム(催眠術)と融合して骨相メスメリズムとなり、心霊主義の潮流の一つとして隆盛を迎えた後、疑似科学として否定され現在ではほぼ衰退している。

骨相学についての本書の解説や当時の描写を見ると、近年の「脳」にまつわる俗説の流行と重なり合うところを感じる。

『骨相学のもっとも重要な点は、診断を受けた人が自分の性格の長短を自覚して、その改善に努める契機とするという点である。この点において、骨相学はある種のカウンセリングあるいは占いに似ているといえるが、自己自身が精神的な成長の主人公となるという点において、自己宗教というべき性格を備えている。』(P58)

現代の「脳」を「自己」と結びつける様々な説・書籍もまた、『自己自身が精神的な成長の主人公となるという点において、自己宗教というべき性格を備えている』ように思うのだが。先日ブログで紹介した脳科学の第一人者である井ノ口 馨氏の「記憶をコントロールする――分子脳科学の挑戦」に脳科学者スクワイヤ教授の言として『「(脳科学はまだ)物理学にたとえれば、一五世紀か、せいぜい一六世紀のレベル」』(井ノ口 馨P13)というコメントが紹介され、それはすなわち『今の脳科学にはまだ、学問としての統一的な体系がない、根本原理もない状態にある』(P14)ということだとあった。このような背景ゆえに脳にまつわる言説は「骨相学の再来」的な主張が広まりやすい土壌となっているということなのだろう。

神智学

1859年、ダーウィンの進化論が発表されると、旧来のキリスト教的価値観はさらに揺らぐこととなり、心霊主義もその影響を大いに受ける。適者生存を社会に適用した社会進化論が登場してこれは帝国主義的拡大を正当化し、社会進化論的世界観への異議申し立てがやがてキリスト教原理主義運動へと発展していくが、同様に心霊主義の側でも霊魂の進化という形で生物進化論に対抗する。神智学会の創設者であるブラヴァツキー夫人は霊的進化論(霊性進化論)を提唱、第一根源人種から第七根源人種へと人類の進化の過程を描いて見せた。

『注目すべき点は、ダーウィンの進化論が人間の類人猿からの進化を説いているのに対して、ブラヴァツキー夫人の場合には類人猿は人間から「退化」した結果であると主張している点である。

(中略)

神智学の霊的進化論は、ダーウィンの進化論を逆転させることにより、完成への道を説いているのである。』(P115~116)

神智学と霊的進化論(霊性進化論)については、太田俊寛「現代オカルトの根源」で、アーリア人至上主義、ナチズム、ニューエイジやオカルティズム、日本の新宗教――特にオウム真理教のテロリズムの土台となった点――への影響を丁寧に論じているのでそちらを合わせて読むと良いと思う。いわば、神智学を経由して心霊主義のカルト化が進むことになった。

心理学

その一方で心霊主義は心理学・精神分析学の発展にも深く影響を与えている。心霊現象は伝説や形而上学などと違い、『実際に観察することのできる現象』(P157)と考えられていたから、その合理的な説明をしようとする試みが潜在意識や自己暗示、催眠現象、憑依現象、別人格といった心理学上の概念を生み出し、やがて心霊主義そのものを退けていくことになる一方で、神智学の影響を強く受けたユング心理学もまた、精神分析学の大きな潮流の一つとして成長していった。

自己宗教としての心霊主義

神亡き後の宗教的混沌の中で自己をどのように位置づけるか、その聖性の在り処を巡る模索の一つの潮流として心霊主義は誕生した。

『一九世紀の心霊主義は、こうした時代を背景として登場する特殊な社会現象ではあるが、ヨーロッパ精神史の深層につながる現象であったことを見逃してはならない。心霊主義そのものは、その疑似科学性のために「流産」に終わったが、たとえばユング心理学がその本質が心霊主義と同質であるにもかかわらず、今なお多くの「信徒」の心を惹き寄せているように、心霊主義的な底流は、科学的合理主義が次代の精神的枯渇という事態を克服しない限り、形を変えて存続していく可能性を秘めている。』(P216)

ということで、心霊主義(スピリチュアリズム)、ひいては現代の信仰と思想とを歴史的に考える上で当時の心霊主義の潮流がコンパクトにまとまった良い入門書の一つだと思う。文学作品、とくにSFやファンタジーの分野に対する心霊主義の影響たるや多大なものがあるので、そちらの方面に興味がある人は読んで損は無いと思う。あの作品やあの作品の描写の意味が心霊主義を理解することで見えてくる、ということは非常に多いだろう。(例えばウェルズの「タイムマシン」で進化の過程で獣化したモーロック人、「ジーキル博士とハイド氏」で悪が表れたときに骨格まで変わったこと、など)また、取りあげなかったが、労働運動・社会改革運動と心霊主義のつながりも非常に面白い。

参考書籍

現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇 (ちくま新書)
大田 俊寛
筑摩書房
売り上げランキング: 144,673
近代スピリチュアリズムの歴史 心霊研究から超心理学へ
三浦 清宏
講談社
売り上げランキング: 475,549
“霊”の探究―近代スピリチュアリズムと宗教学
津城 寛文
春秋社
売り上げランキング: 753,654

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