「なぜあの人はあやまちを認めないのか」キャロル・タヴリス&エリオット・アロンソン 著

失言や判断ミスを言い繕う政治家、不正を隠蔽する官僚、予言が外れたときのカルト教団の教祖、論文捏造がばれたときの科学者、憎みあう民族、親子で食い違う子供の頃の虐待の記憶、離婚直前の夫と妻まで世界は過ちを認めない人で溢れている。本書では、様々な例を元に認知的不協和と自己正当化のプロセスを解き明かしていくことで、人はなぜあやまちを認めないのかを描いていく。

1950年代、アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって「認知的不協和」と名付けられた理論はその後の研究で人の心を捉える有力な理論として確立していった。

『認知的不協和は、心理的に相容れないふたつの認知事項(思想、態度、信念、意見など)を抱え込んだときに起きる緊張状態であり(中略)、不協和が生じると、人はちょっとした心痛から深い苦悩までさまざまな不快感を抱き、これを解消する方法が見つかるまで気分がおちつかない。』(P23)

このような不協和の苦しみを解消し、自尊心を守るために、人は往々にして自己正当化を行おうとする。煙草は健康に悪い?いや世間一般で言われているほどじゃないし、アルコールに比べればうんぬん・・・。認知的不協和が起きた時の調和の欲求は強力で、そこには「確証バイアス」が働きやすい。『人は不協和を生じさせる証拠を突きつけられると、それまでの意見を保持し、ときにはさらに強化できるように、この証拠を批判し曲解しようとする』(P29)。これが「確証バイアス」である。

不協和を解消するために行った決断はその後も、その正当性を模索し、強化せずにはいられない。それは往々にして記憶の改竄という形を取る。不協和を起こさないために、誰もが少なからず自身の行為を正当化し、自尊心を守ってくれる都合のいい記憶を作ってそれを信じている。この認知的不協和と自己正当化の過程は特に合理的な判断が働くものではなく、ただ目の前の矛盾を解消するためでしかないから、その基準は偏見や欺瞞で溢れ、さらにそれはどんどん強固になっていく。一方で心の安定をもたらし、快適な人生を送らせるが、他方で自己欺瞞と他者への攻撃、不正行為などの温床ともなる。『不協和を解消せずにいられる人間など皆無であり』(P37)、誰もが大なり小なり自身の過ちを認められないどころか、それを正当化して言い逃れようとしてしまうのだ。

『脳には生まれつき盲点が、それも視覚的盲点と心理的盲点がある。脳が仕掛けてくる最高に巧妙なトリックのひとつが、自分にだけは盲点などないといううれしい錯覚を本人に与えることだ。』(P58)

歴代の大統領や政治家、虚偽記憶を植え付けていた心理療法士たち、冤罪の温床となっている司法制度の警察や検事、カルト教団の教祖と信者、宇宙人に誘拐されたと信じる人々、自分をナチスの強制収容所出身だと信じた男性、利益相反取引に知らず知らずに手を染める企業家たち、ユダヤ人の陰謀を真面目に信じる人々、嘘の記憶を信じるようになった子どもたち、離婚へと至る夫婦の特徴、泥沼化する遺産相続、民族差別とテロリズムなど様々な例が語られる。

例えばうまくいっている夫婦と離婚へ至る夫婦の間で何が違うのだろうか。

『幸せな夫婦は相手に対して「疑わしきは罰せずの原則」を適用し、つまり不確かなときは相手に有利なように考えるようにし、不幸な夫婦はまったく逆のことをする。不幸な夫婦は、片方がすてきなことをしてくれても、単なる気まぐれだとか、しかたなくやったことだとしか考えない。(中略)そして勝手なことや迷惑なことをされると、人間性の欠点が原因だと考える。』(P223)

『相手が自分を変えようとしないのは性格上の欠点のせいだと責めるが、自分自身が変わりたくないのはこのままでも良い性格だからだと言い訳をする。』(P224)

私はこういう人間だからしょうがない、あなたはこういう人間だからダメだという人間性の批判になると恥辱や無力感を相手に与えて対立は先鋭化しがちだし、逆に人間性を盾に自己正当化を組み立て易くなり、妥協点が見出しづらくなり、最終的には軽蔑しあうことになる。『軽蔑という感情は、夫婦関係がもはや修復不可能である最強の証拠のひとつ』(P226)だそうだ。

また、加害者の自己正当化と被害者の自己正当化はどうか。

加害者側が悪事を成したことを認めた結果生じる不協和を解消するための自己正当化のロジックは第一に、悪いことをしていないと主張するか、状況を考えれば理解できるものだと主張するもの、第二に悪いことをしたがそれを最小限に主張する、あるいは責任転嫁して被害者にも責任があると主張するもの、第三に、悪いことをしたと認めるが、その話題を可能な限り避けようとする、あるいはすでに被害者と和解してなんら影響はないと主張することだという。

逆に被害者はいずれも加害者の悪事を長く忘れない。『消えない憎悪、失われた信頼感、解決不可能な嫌悪感』(P255)であり、『加害者の動機がまったく理解できない点が被害者にとって、存在そのものと自分の物語の核心』(P256)となる。『被害者の中には、怒りの感情そのものが仕返しであり、加害者を罰する方法であるからと、ずっと怒りを抱え、水に流そうとしない者もいる。』(P257)

『加害者は、個人にしろ国家にしろ、自分の行為は正当化でき、相手に挑発された結果だとする歴史を描く。その行為は合理的で意味があり、間違いをおかしたり行き過ぎがあったとしても、少なくとも長い目で見れば良い結果になっているし、すべては所詮、過ぎ去ったことだ。被害者は、加害者の行為を気まぐれで無意味で、あるいは故意に残酷で残虐なものとして描き、自分たちの報復は完璧に適切で道徳的にも正当化できると主張する。そして結果的にはよかったなどということはひとつもなく、自分たちは今も苦しんでいると言う。』(P257-258)

この両者の自己正当化による一つの事実をめぐる対立は深刻な分裂を生む。親子や友人、夫婦から民族、国家まで大なり小なり自己正当化が生む対立には似た構図があり、暴力の応酬や絶え間なく続く紛争と殺し合いにまで至る。一方は自身の正当性を疑わないから相手に譲歩を求め、他方は相手の非を責めることに正当性を求めるから妥協に応じない。

暴力性は別に、特別な、異常な人間だけのものではなく、『ごくふつうの人間、つまり子どもがいたり、恋人がいたりする人々でみんなと同じように音楽や食事やセックスや噂話を楽しむ「文明的な」人々も暴力性を発揮できるし、事実、発揮している。』(P263)。認知的不協和から生じる自己正当化をこじらせた結果として、憎しみにとらわれ暴力性を発揮してしまう危険性は、だれにでもある。

このような様々な例から、では最後にどうすれば「あやまちを認められるのか」という点が本書の最終章として語られているわけだが、やはり困難な道程であることには変わりがない。公共性のある分野、つまり政治家や官僚や司法制度や企業などの組織であれば第三者の目が入ることで一定の牽制が効くし、またその有効性は認められているが、個々人のレベルになると、結局一人ひとりの謙虚さという問題にしかなりえない。謙虚さをどのように身につけるのか、また、自身が自己正当化の罠に陥っていないかを検証できる友人や家族など身近な人と相談できる環境におけるか、また、社会が「あやまち」「失敗」に対して寛容であるということもまた重要な要因であるが、それらの不確定な要素でしか、個人が「あやまち」を認めないことを防ぐ手段はない。だからこそ、自分が「あやまち」を犯すことに対しては自覚的である必要がある、ということが本書を読むと痛感できる。

本書の邦題は「なぜあのひとはあやまちを認めないのか」だが、読んでいくうちに、「なぜあなたはあやまちを認められないのか」あるいは「なぜわたしはあやまちを認められないのか」というように、視点が移って、自分自身の問題として捉えざるを得なくなる。そこのところが、非常に上手いタイトルだなと思う。(原題は” Mistakes Were Made (But Not by Me): Why We Justify Foolish Beliefs, Bad Decisions, and Hurtful Acts”)

目次
はじめに あやまち、失敗、偽善に嘘 人はどうやって自分と折り合いをつけるのか
      あやまちを認めない政治家
      嘘と自己正当化のあいだ
      誰もがしている方法

第1章 心の不協和音 自己正当化の原動力
      予言がはずれて
      認知的不協和理論 行動主義への異議申し立て
      入会実験と不協和の威力
      思いこみは深まるばかり
      ベンツと馬券
      前歯とカヌー
      暴力の連鎖、善の循環
      自尊心をいかに守るか
      選択というピラミッド
      ミルグラムの電気ショック実験
      自己正当化を断ち切る

第2章  高慢と偏見、そして盲点 自分では見えないものについて
      心理的な盲点と自己正当化
      セント・アンドルーズへの道
      科学的研究にひそむバイアス
      贈られ続ける贈り物
      脳の失言
      「私たち」と「彼ら」
      偏見を捨てられない理由
      偏見が露わになるとき
      鏡の部屋

第3章  記憶 自分勝手な歴史家
      不協和理論から見た記憶
      記憶のバイアス
      思い出話の検証
      物語に合わせて変化する記憶
      自己イメージと記憶
      偽りの記憶のほんとうの物語
      宇宙人に誘拐された?
      私もそうだった・・・・・・

第4章  善意の大いなるあやまち 心理療法の閉じた輪
      虐待の記憶?
      虐待話の大流行が残したもの
      メンタルヘルスの特殊事情
      心理療法の密室性 科学とは何か
      善意のイルカの問題
      閉じた輪からどう抜けるか
      子どもたちの証言をめぐって
      科学と懐疑と自己正当化
      あやまちを認めた心理療法士

第5章  犯罪と捜査と裁判をめぐる迷走 冤罪はなぜ生まれるのか
      ある冤罪
      誤った有罪と自己正当化
      捜査当局の場合
      有罪にするためなら・・・・・・
      取調担当官の場合
      虚偽自白のメカニズム
      検察当局の場合
      性急な有罪確定

第6章  愛を殺すもの 結婚生活における自己正当化
      親密になる夫婦、疎遠になる夫婦
      ある夫婦の場合
      ふたりには何が見えないか
      怒りが燃え尽きたあとに
      魔法の比率
      報復ごっこ
      うまくいっている夫婦は何が違うのか

第7章  諍い、争い、そして戦い 怒りと暴力について
      泥沼化する報復ごっこ
      引き返せない道
      自分を守る物語
      邪悪なる加害者
      暴力のエスカレーション
      被害者は誰か
      真実と和解

第8章  あやまちを認めるということ 不協和とともに生きてゆく
      ある告白
      あやまちを認めることへの敬意
      あやまちを認めた先にあるもの
      不協和とともに生きてゆく
      あやまちは起きた 私の手によって

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