箸の語源、数え方の変遷まとめ

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箸という漢字の由来、日本語の「はし」の意味についての諸説、箸の数え方の変遷などについて簡単にまとめ。

承前
http://kousyou.cc/archives/11224

箸という漢字の由来

中国では箸の意味に使われている言葉は「箸」のほか、「筯」「筷子」などがあり、「筷子」が一般的だが、最も古くから使われているのは「箸」であった。「箸」の初出は「韓非子」(紀元前三世紀成立)の喩老篇で、殷の紂王が象牙の箸を作らせた故事である。

「箸」を分解すると竹かんむりと「者」に分けられるが、「者」には物を分別する、分けるという意味があり、おそらく竹製の棒きれを使って食物を分けるという意味から「箸」という漢字が誕生したと考えられている。

中国では以後「箸」「筯」(箸の異字)が使われていたが、十三~四世紀頃、呉の船乗りの間で「箸(zhù)」がとどまることを意味する「住、佇(zhù)」と同じ発音であることから「箸」が忌避され、変わって「快児(快=速い、児=小さい・愛らしいという意味の接尾語)」が使われるようになり、後に「筷子」の字が当てられて広まり現在に至ったという。

日本語の「はし」

日本に「箸」という字が伝わったのは九~十世紀頃、史料上の初出は「新撰字鏡」(898~901年)であるようだ。それ以前は「波志」「波之」と書いて「ハシ」と呼んでいた。「箸」伝来後、ヂュとは読まずにそれまでの日本語の読みである「はし」をあてて、以後現代まで「箸(はし)」と呼んでいる。

なぜ「はし」と呼んでいたのか、語源については諸説ある。

『この「はし」の語源について、「鳥のくちばし」のハシ、「物の端」のハシ、「あちらの物をこちらに渡す橋」のハシ、また神霊の宿る小さな柱』の意をとってハシというとする説もある。ちなみに古語では「愛らしい」とか「いとおしい」ことを「愛し(はし)」と発音する。日々用いられる小さな愛らしい箸の発音と通じるのは、偶然であろうか。』(向井、橋本P192)

「愛し(はし)」と箸の関連は定かではないが、中国語「筷子」にも小さい、愛らしいの意味が込められていることを考えると、その箸に対するイメージの一致の方により興味を覚える。もしかすると、日本人・中国人共通のお箸萌えというニーズが・・・

お箸の数え方の変遷

高橋久子論文(2008)「箸を数える助数詞 : 双から前、前から膳へ」によると、お箸の数え方は以下のような変遷を辿った。

『中国において箸をセットで数える助数詞(量詞)は、「双」「対」「副」が用いられたが、これらは、二本のまとまりを表す一般的な表現であり、箸に限定された言葉ではない。日本の正倉院文書では、箸を中国風に「双」で数えるが、平安期の文書には、他に「具」の数え方も見える。十二世紀半ばから、箸を「前」で数える事例が出現し始める。当初は「双」「口」等と併用され、揺れが見られるが、十三世紀半ばからは、ほぼ「前」に固定する。「前」は、日本独自の助数詞であり、本来は副たる諸神を数える言葉であった。そこから転用して、仏前に供えるもの、特に食饌の数を数えるのに用いるようになり、さらには俗人の食饌にも用いられたものと思われる。箸を「前」で数えるのも、この流れに沿ったものであろう。さらに十六世紀半ばになると、箸は「~膳」でかぞえられるようになる。これは、①箸が膳部に添えられることから、「膳」への連想が働いたこと、②「前」と「膳」の日本漢字音が、共に「ゼン」であること、等の要因が考えられる。そしてこの用法が今日に及んでいる。』(高橋 2008)

「前」と「膳」

中国では箸独自の数え方が発達せず、二本セットを意味する「双」「対」「副」で数えられた。日本でも当初は中国の用例に倣っていたが、平安時代末期から鎌倉時代にかけて「前」で数えるようになる。

元々は神の御座所を「前」と呼んだが、次第に神そのものを指すようになり、やがて神を前で数えるようになった。神を表す数詞としての「前」は神社に祀られる主神以外の神を数える際に使われる。この用例は天皇、のち高貴な人を指す「御前」という使われ方をするようにもなった。転じて、仏像を安置する台、仏具、神に供える食饌についても「前」が使われ、神事に使われる箸についても同様に「前」で数えられるようになった。ここから次第に人が使う箸についても前を使うのが一般的になったようだ。

中世以降、日本の料理は大きく進歩した。禅僧道元の思想の影響下で形成された「精進料理」では飯台と呼ばれる二~四人用の台に飯椀、汁椀、蓋物の食器で後世された質素なもので、僧侶たちの間で広まり、質実剛健を旨とする武士たちの食事に大きな影響を与える。その精進料理の影響を受けつつ、平安貴族の式正料理を受け継ぎ、鎌倉時代から室町時代にかけて武士の間で形成されたのが「本膳料理」である。本膳、二の膳、三の膳とそれぞれ膳と呼ばれる脚付きの台に料理が並べられて順次供される饗応料理であった。この発展形として茶の湯の発展とともに形成されるのが「懐石料理」であり、わび茶の具現化として食膳に質素ながらバランスよく料理が並べられた構成で、この懐石料理のスタイルが一般的に広まっていく。つまり一人一つずつの食膳に食器と箸が並ぶもので、この日本独自の食膳を中心とした料理形式の登場にあわせて、箸も膳で数えられるようになった。

「膳」から「本」「組」へ

箸は膳で数えるのがいわゆる「正しい日本語」ではあるが、現代ではむしろ「本」「組」など、二本セットを意味する一般的な数詞で数えることの方が多くなってきているようだ。コンビニでお弁当を買えば「お箸は何本お入れしますか?」と聞かれるのが常だし、特にそれに違和感を覚えることも無い。これは、以上のような箸の変遷を辿ると、むしろ自然な流れのように思える。明治維新による近代化を契機として、西欧料理を始めありとあらゆる国・地域の料理が入ってきて「日本」料理は様々な要素を取り入れ多様化の一途を辿った。その結果、食事を食膳に並べて出されることは日本料理店や旅館等以外ではほぼ無くなってきたと言って良い。

食の多様化によって、食膳という日本独特のお箸と料理の関係性からお箸が自由になり、膳の有無にかかわらず、食事をとるための機能に特化してきた結果、お箸の数え方も、古代中国・あるいは日本伝来直後の原初まで戻りつつあるということだろう。これは心ある人が眉を顰めるような日本語の衰退ではなく、日本語すなわち言語の持つダイナミズムの結果ではないだろうか。好むと好まざるとにかかわらず、日本の食事が多様であるかぎり、お箸が自由であるかぎり、お箸の数え方は、より身近で一般的な用例へと収束していくことになるだろう。

参考書籍・論文・リンク
・向井由紀子、橋本慶子著「箸 ものと人間の文化史102」
・江原絢子、石川尚子、東四柳祥子著「日本食物史」
・高橋久子論文(2008)「箸を数える助数詞 : 双から前、前から膳へ
箸 – Wikipedia
筷子 – 维基百科,自由的百科全书

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