「なぜ政府は動けないのか: アメリカの失敗と次世代型政府の構想」ドナルド・ケトル 著

米国の行政機構が機能不全に陥っているのはなぜか。著者の母ミルドレッドが亡くなるまでの終末期に活用し十分すぎるほど機能した福祉制度と2006年に米国を襲い甚大な被害を出したハリケーン・カトリーナの対応という一見かけ離れたふたつの事例をとっかかりにして、その両者に共通する行政機構のミスマッチ、すなわち『直面している重要な課題が、多くの場合、これまでその対応のためにつくりだしてきた制度に合っていない』(P26)という現状について、鋭く分析、その処方箋を提示する一冊。著者ドナルド・ケトルは米国の公共政策論・行政学の第一人者。

ミルドレッドのケースとハリケーン・カトリーナのケースともに、『公的組織・民間企業・非営利団体が結びついたシステムになっていて、十分なガバナンスも明確な役割もない(ミルドレッド・パラドックス)。システムは複合的で、重要な事項を担っているのに統括者がいない(ミルドレッド・コロラリー)。どちらも、数々の大きな問題が政府の対応能力を上回っている――そして、政府が迅速に対応できないため往々にして人びとが苦しんでいる』(P26)。

ミルドレッドへの対応のようにうまく噛み合って適切に機能することもあれば、ハリケーン・カトリーナの対応のようにすべてが裏目に出て最悪の事態を招くことにもなるという不安定なシステムがいかにして作られてきたのか。

政府の責任とされる範囲はこの百年で大きく拡大した。人口の爆発的増加と平均寿命の大幅な伸びは医療・福祉政策が、2つの世界大戦と冷戦は軍事政策がそれぞれ重要度を増したように、公共政策のあらゆる面で政府が取り組むべき課題は、政府だけでは対処不能なほどに拡大した。『問題そのものが、その解決のためにつくられた境界を超えて』おり、『大きな問題を一政府機関に割り当てることはもはや不可能であり、一機関ではどんな重要問題も制御できない』(P36)。政府機関は問題を解決するために企業との請負契約を始めとして外部機関との連携を大幅に拡大することでその問題に対処してきた。結果生まれたのが「ネットワーク型政府」である。

1980年代にレーガン政権によって進められた「小さな政府」化は、『政府職員の増加を抑える一方で民間請負業者との関係を増やして政府の権限と影響力を拡大』(P47)したから、『政府は小さくならなかった。経営戦略が複雑化しただけである。』(P48)。米国政府は伝統的に『施策をつくってそれを運営する機関を割り当てる』(P31)自動販売機モデルの行政機構を作ってきたが、多くの問題が一機関で対処できないとすると、この自動販売機型モデルは行き詰まらざるを得ない。

政府の機関ごと、役割ごとの境界が曖昧になる一方で政府・民間との関係の複雑度が増した結果、政府事業に関するアカウンタビリティ(説明責任)が不明確となり、公的機関全般に対する信頼度の低下と、問題に対する迅速な対処が困難になってきた。その結果、「責任のとれない政府」となって機能不全を起こす。政府の複雑化は国民からも政府の役割を認識できなくさせる。政府の役割は官僚だけではなく、多くの場合、知らず知らずのうちに個々人が担っていることがある。国民は『政府の仕事ぶりがひどいと文句を言うが、政府とそれを取り巻く社会の境界が曖昧になって政府業務が複雑な協力関係になっているために、実は自分たち自身の文句を言っていることになる、という事実がしばしば見過ごされている』(P66)。

政府は伝統的に、問題に対して、機能を階層化し業務のルーティン化によって効率的な行政システムを組み立ててきた。しかし、ネットワーク化した政府において問題となるのは、政府が問題への対処をルーティン化しようとしすぎるが余り、非ルーティン問題に対しても階層的な対応を行おうとする。ルーティン化された業務は政府機能を支える重要なシステムだが、『非ルーティンの問題に対してルーティン的な手法をとろうとすると、システムが壊れるか、少なくとも無理が出る。』(P100)そして、ネットワーク型政府においては多くの問題は非ルーティン的であり、臨機応変な対応が求められるが、問題とガバナンスのミスマッチ、施策の目的と行政の戦略の不一致が問題を深刻にした。

問題の多くは、第一に対応する時間がほとんどなく、第二にどこかで失敗すればすぐに問題が広がり、第三に失敗するとコストが莫大になり、しかもすぐ波及することがある(P92-93)。9.11にしろハリケーン・カトリーナにしろ2008年の金融危機にしろ、システムの脆弱性は迅速で臨機応変な対応が求められる非ルーティン的問題で、かつ、当事者間の協力関係の複雑さと説明責任の不在が問題をより大きくした。

『実際には政策機構相互の関係から生じている問題を、自動販売機モデルによって診断したり直したりしようとすると、問題は連鎖反応的に広がる。概して、間違った問題を解決し、解決すべき問題を解決せず、政府のパフォーマンス問題が拡大する。戦略と戦術のミスマッチが起こるのだ。パフォーマンスは悪く、政府に対する国民の信頼は崩れ、能率も悪くなり、誰もが不幸になる。多数のプレイヤーでつくる大きなネットワークが責任を共有しているのに、クビにすべき人間を探そうとする。実際には組織や部門を超えて関係が広がっているのに、ひとつの行政機関を再編しようとする。指導者に必要なのは柔軟に対応することなのに、新しい規則をつくろうとする。そして、こうした手段が案の定ことごとく失敗すると、われわれは政府の無能をののしるのだ。

要するに、われわれは、権限をベースにつくられた縦の階層組織から処方箋を引き出して、新しいネットワークの世界に適用しようとしている。このネットワークは、公的部門・民間部門・非営利部門が(時には国境を越えて)結びついたもので、権限その他の管理メカニズムだけでなく交渉によっても物事が決まる。われわれは、なぜこんなに施策が失敗するのか、なぜ改善策がめったに功を奏さないのかと首をかしげるが、実際には、政府のパフォーマンス問題の大部分は、一機関の失敗によるものではない。むしろ、多くはシステムの失敗であり、それもたいていは重大な摩擦点で生じたものだ。』(P112)

このような米国政府・行政機構の直面する問題を、過去百年を6つの時期(1881~1913、1913~33、1933~53、1953~81、1981~2009)にわけて政府のマネジメント強化の施策の転換点をとりまとめつつ、民営化、連邦主義、グローバリゼーションの3つのプレートの相互作用として政府の外部環境を捉え、その変化への処方箋をロケット科学で取られるリーダーシップの育成にもとめている。いかにして非ルーティン的問題に対して迅速に対応できる人材をシステムとして育成し、政府機構の中に位置づけるか、そこに表題の「次世代型政府」を描こうとしていて、非常に面白い。

これを読めば、なぜオバマは無能・無力に見えるのか、というバカバカしくも深刻な疑問に対するアメリカの抱える行政システムの問題点からの解答になるだろう。政府におけるリーダーシップのあり方が刻々と変化してきたのであり、今まさにその過渡期にありながら、行政システムの機能不全と複雑化する諸問題とのミスマッチが大統領のパワーを無力化し、リーダーシップを発揮できないでいる。ブッシュもオバマもそうであったように、よほどの劇的な変化が無い限り次の大統領も無能と誹られるのだろう。

また、本書で描かれる米国政府の行政機構の機能不全については、日本の政府との比較対象としても非常に参考になる。東日本大震災での日本政府の対応が『本書に書かれたものとあまりに重なることに驚嘆せざるを得な』(監訳者はしがきより)いという監訳者の指摘には頷かざるをえない。オバマが無力に見えるのとほぼ同様の理由で、日本の指導者や官僚機構もまた、システムと問題のミスマッチによって無能に見えることになる。日本の行政機構のシステムの失敗、パフォーマンスの問題を引き起こす重大な摩擦点がどこにあるのか?

二項対立的に語られる「大きな政府」か「小さな政府」かというのはもはや問題ではない。大きかろうと小さかろうと政府の境界は必然的に曖昧化して、その責任の大半は企業や非公的機関など第三者との協力関係の上にしか果たせないのだから、重要なのはネットワーク化した政府におけるマネジメントの問題の方だ、ということが本書を読むとよくわかる。

目次
第一章 ミルドレッドとハリケーン・カトリーナ
   ミルドレッド
   ハリケーン・カトリーナ
   ミスマッチ
第二章 ネットワーク化した政府の直面する課題
   境界の問題
   複雑さの問題
   説明責任の問題
   ネットワーク化した政府の課題
第三章 責任のとれない政府
   議会という劇場
   大統領の力
   警報ベル
   やっかいな問題
第四章 問題の定型度に応じた対処法
   ガバナンスのルーティン
   問題とガバナンスのミスマッチ
   非ルーティンの問題で成功する
   公共の価値という課題
第五章 プレートの動く国
   トリプルジャンクション
   政治的なプレートの動き
   アメリカのガバナンスの課題
   転換点
第六章 ロケット科学の秘密
   ロケット科学モデル
   ロケット科学者たち
   ロケット科学の秘密
   ロケット科学者たちの進撃
   ロケット科学者の技術
第七章 次世代のアメリカ政府
   ガバナンスと説明責任
   説明責任を果たすための新しい戦略
   次世代の政府の課題
付章 次世代のアメリカ政府のためのアクションプラン

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