「カントリー・オブ・マイ・スカル―南アフリカ真実和解委員会“虹の国”の苦悩」アンキー・クロッホ 著

1990年、ネルソン・マンデラが釈放され、アパルトヘイト政策の撤廃がデクラーク大統領によって宣言されると、南アフリカは内戦の危機に陥った。それまで特権を享受していた白人は黒人からの復讐におそれをなし、極右白人勢力は爆弾テロを開始、アパルトヘイト体制に近い黒人ズールー民族主義者が同じ黒人の反アパルトヘイト運動政党アフリカ民族会議(ANC)派の民衆を攻撃し始め、各地で白人、黒人、カラード入り乱れての暴動と武力衝突が頻発する。

ポストアパルトヘイト体制への移行をどうするか?最大の問題点は各勢力とも、勢力が均衡して武力を行使しうるだけの力を持っていることだった。ゆえに一方を排除した体制を構築するならば、たまりにたまった民衆の怒りと憎悪に後押しされて容易に内戦に突入しかねない。そこで彼らは権力移行に際してすべての勢力を取り込んでの体制づくりという妥協の道を模索し、アフリカ民族会議(ANC)と旧与党国民党(NP)との連立で、ズールー勢力のインカタ自由党(IFP)なども含めた、「パワーシェアリング(権力分担)」と呼ばれるアパルトヘイトの加害者と被害者とがともに権力を分担する制度を構築、ネルソン・マンデラ首班の「国民統合政府(GNU)」の下で段階的に民主化を行うこととした。

目前の内戦は回避したが、かつての抑圧者との共存と和解をどのように永続的に行うか?1994年の総選挙を経過してひとまず大々的な武力衝突は終結したが、アパルトヘイト時代の抑圧と憎悪と暴力の記憶は人々の間に刻まれたままだ。そこで1996年より加害者と被害者とがそれぞれの体験を公の場で語り、罪を裁くのではなくアパルトヘイト体制下で起きた真実を明らかにすることで、相互の和解を進める試みとして始められたのが「真実和解委員会(TRC)」であった。加害者側は真実を語ることで、恩赦を申請する権利が与えられる。四年間の活動期間中7112件の恩赦申請が出され、うち免責が認められたのは849件というから、無条件に赦されたわけでは勿論ない。

というわけで、前提の説明が長くなったが、本書はその「真実和解委員会(TRC)」に密着取材した南アフリカ出身の白人(アフリカーナー)ジャーナリストによる貴重なルポルタージュであり、アパルトヘイト体制を知る上での最重要文献の一つでもある。監訳者で南アフリカ研究の第一人者である峯陽一氏も解説で『すでに世界的に「TRC論の古典」としての地位を獲得しており、その評価は今後も揺るがない』(P407)と太鼓判を押している。TRC論という響きからわかるように、後に内戦停戦後や権力移行下のアフリカ・ラテンアメリカ諸国で同様のTRCが設置され、南アフリカのTRCは国家犯罪をどう終わらせるかについての一つのモデルを提供することになった。

二段組四百ページにも上る長い長い長い一冊で、しかも延々と続く暴力の記録と、やがて迷走していく委員会の様子に読んでいて途方に暮れることは間違いないが、それでも一心不乱に読まされた。タイトルの「カントリー・オブ・マイ・スカル」は直訳すると「私の頭蓋骨の国」、すなわち多数の犠牲者の上にあるわが国ということだ。

アパルトヘイトは人種に基づく土地・居住の制限から始まった。具体的には英国植民地統治下、1913年の原住民土地法と1936年の原住民信託土地法によって国土の約13%に全人口の九割近い黒人・有色人種(カラード)が押し込められ、1948年の国民党政権成立後、それまでの土地・居住制限が強化されるとともに、参政権、教育、労働などについて黒人・有色人種の権利が次々と制限され、人種隔離体制が完成する。

一定の集団に対する自由の制限を行うためには政府による強制力が必要となるが、その制限を取り払うために合法的な手段が絶たれてしまうと、実力行使しか手段が無くなる。デモやストなどから始まり、これをより強い強制力、すなわち警察力で押さえつけようとし、これに対して市民も暴力的手段に訴え、政府はより強い力でこれを鎮圧し、と繰り返すうちに警察も行使の手段を選ばなくなりリンチが横行、黒人たちはテロに訴えと暴力の応酬は歯止めが効かなくなり治安はどんどん崩壊していく。さらに、白人と黒人という対立だけでなく、抑圧的な体制派の白人と黒人・カラードに同情的・協力的な白人、体制に従順な黒人・カラードと反体制派の黒人・カラードなど対立の構図は複雑化して暴力の行使が日常化すると、政治的な目的を有さない、ただ暴力だけが目的の集団も白人・黒人問わず登場して混乱に拍車を掛けるようになる。人種に基づく隔離を実施した結果、人種を問わず南アフリカ国民全員に平等に暴力の脅威がふりかかることになった。

様々な被害者の証言は目を覆わんばかりだ。活動家を密告者にするために子どもを人質に取って脅す公安警察、部下の警察官の自宅を襲い夫婦共々射殺した警察署長、生きたまま焼き殺された妊婦、密告者の疑いをかけられて仲間であるはずの黒人たちにリンチ殺害された若者、ケープ半島のランボーを自称して黒人を殺害して回った警察官、暗殺部隊の長として克明に殺害方法を語る軍人、親を子を殺され悲嘆に暮れる遺族、テロに巻き込まれ、あるいは暗殺の対象となって手足を失い、あるいは後遺症に悩む多くの人々・・・

特に、読んでいて悲痛な思いに駆られたのは、父を目の前で殺されたある五歳の少女のエピソードだ。五歳のクリスマス、彼女はサンタクロースに宛ててこう手紙を書いた。

『サンタクロースさま、どうかわたしに、やさしいめをした、やわらかいテディベアを、もってきてください。・・・パパはしにました。もし、パパがここにいれば、あなたをこまらせはしなかったのに。』(P50)

彼女の母は、こう証言している。

『娘は今ティーンエイジャーですが、すでに二度も自殺しようとしました。』(P50)

あるいは、こんな事例もある。反アパルトヘイト活動家に対して拷問を行ったある警察署長は恩赦を得るために万全の準備をして臨み公聴会で拷問が職務上必要であったことなど正当性を訴えたが、傍聴人の中に彼に拷問を受けた元活動家の国会議員がおり、立ち上がって彼を鋭く追及、自身の経験から証言の正当性を突き崩した。一方で警察署長は、議員がかつて密告を行った事実を暴露して反撃に出る。崩れ落ちる議員、しかし議員はその証言を続けるように促した。議員の密告者としての経歴が白日の下に晒され多くの批判を受けることになったが、著者は『依然として英雄のままである』(P108)と擁護する。おそらく議員の自責の念が暴露を止めなかったのだろう。一方で警察署長の方も、かつての様々な行為に対する自己嫌悪からアルコール依存となり、精神を病んでいた。

アパルトヘイトの特徴として被害者・犠牲者だけでなく加害者の側にも広く心的外傷(トラウマ)が見られるのだという。誰もが、体制の中で自らの職務として拷問・殺人・暴力の行使に手を汚し、そのゆるしを求めて心に深い傷を負っていた。

ここには国家の犯罪をどのように裁くのか、という難題が横たわっている。実行者として手を汚した多くの公務員たちが心に深い傷を負い、さらに法的な裁きにも直面させられる一方で、政治的妥協の産物として生き残ったアパルトヘイト体制を主導した国民党の中枢は、TRCにおいて切断処理を行おうとする。デクラークは公聴会で『過去になされた人権侵害は、ひどい裁判や、個々の警察官の職務にあまりにも熱心すぎるか怠慢だったことが原因だ』(P172)とのうのうと言ってのけ、激しい非難を浴びた。大主教でもあるTRCツツ委員長はこう嘆いている。

『私は彼のために泣きました。デクラークのために泣きました。なぜって、デクラークは人間になる絶好の機会を自分からはねつけたんですから。』(P217)

しかし、このときすでに国民党からは主だった政治家がことごとく逃げ出し崩壊寸前で、デクラークは党の維持という目先の目的に飛びついて不誠実な態度をとることを選択したのだった。しかし、これは全くの逆効果で、以後国民党は全く支持を失い、数回の選挙を経て勢力を著しく削がれ党の基盤も崩壊、2004年解党する。

デクラークがただただ党を守るためだけに言い逃れをしたのに続いて、数えきれないほどの殺人の罪で起訴された元大統領ボータはTRCではなく裁判所に召喚され、被告としてこう語り、嘲笑を誘った。

「私は『アパルトヘイト』と人々が繰り返す、空疎でわけのわからない言葉に、もはやあきあきしている。『アパルトヘイト』という言葉は、よき隣人づき合いを意味している、と私は何度も言いました・・・・・・」(P364)

著者はチリの哲学者ホセ・ザラクェッタの言葉としてこう書いている。

『人は政治家に道徳性を期待することはできない。ただ、彼らに説明責任という倫理をまっとうさせることはできる。
意義ある変化を望むなら、政治は過去の悪弊の繰り返しを防がなければならないし、可能ならば起きてしまったことに対しては償いをしなければならない。
ときには、真実と正義を天秤にかける必要があるだろう。われわれは真実を取るべきだ、と彼は言う。真実は死者を蘇らせることはないが、死者を沈黙から解き放つ。
共同体は過去の一部を一掃すべきではない。なぜなら、嘘と矛盾によって満たされるだろう空白を残すことによって、起きたことの収支報告を混乱させることになるから。
犯罪者は、みずから行った過ちを認める必要がある。なぜ?それが、社会が共有できる出発点を作り出す。過去ときっぱり手を切るためには、道徳の道しるべが過去と未来の間に立てられる必要がある。』(P42)

ここには真実和解委員会の理念と目的が詰まっており、同時に、往生際の悪かった国民党が武力ではなく選挙という民主的手段を通じて崩壊させられた理由が述べられているといえるのだろう。説明責任という倫理を果たすことを拒否し、暴力の応酬となったアパルトヘイト体制後の社会で社会が共有できる出発点を作ることにコミットしなかった。

国民党だけでなくANCの側も真実を述べる必要性に駆られ、リンチ、拷問、殺人などの様々な組織的な暴力行為が明らかにされた。その中でも特筆されるのは、ネルソン・マンデラ元夫人ウィニーによる少年殺害など様々な暴力行為が明らかになったことで、当初彼女はその事実を否定していたが、後にこれを認め謝罪を行い、国際的にも大きな注目を浴びた。ANCによる暴力の様々な例により正戦(just war)はどうあるべきなのかといった抵抗の理論についても深く考察されることとなった。

しかし、一口に真実を明らかにして和解の道を探るといっても、被害者一人ひとりの心情としてはそれを容易に受け入れることはできない。息子を殺されたある女性の悲痛な叫びがそれを象徴している。

『マンデラやツツにとって、許すのはたやすいでしょう。・・・・・・彼らは権利が認められた生活を送っています。私の生活には何もない。何一つない、息子が野蛮人に焼き殺されてから変わってしまった、・・・・・・何もない。なので、私は許すことができない。』(P150)

通常、犯罪者である加害者とその犯罪の被害者との間に和解はなされるが、南アフリカが真実和解委員会という仕組みを通して模索したのは、受益者と被害者との和解だった。アパルトヘイト体制を通して一部の犯罪者とその犯罪者による犯罪を黙認することで多くの利益を享受していた特権的な受益者がいる。彼らは決して裁かれるものではないが、真実を追求し明らかにすることで、受益者たちを被害者たちとの和解の対象とすることができる。白人だけを受益者、黒人を被害者とするのは単純化しすぎている。あらゆる皮膚の色の受益者がおり、あらゆる皮膚の色の被害者がいる。同時に憎悪の連鎖の中で加害者でもあり被害者でもあった多くの人々がいる。

真実和解委員会で様々な証言がなされたからといって、それまでの遺恨、憎悪が氷解するわけではなく、全ては長い長い和解のプロセスの始まりでしかない。直接の加害者ではない者達も受益者と位置づけることで和解の当事者としたことで、彼らも白人・アフリカーナーとしての罪の重みと向かい合わざるを得ない。それはすなわち『自分自身の実存に責任がある』(P134)という罪の意識であることを著者はヤスパースを引きながら指摘している。

その真の和解をどうつくり上げるか、当時の副大統領ターボ・ムベキはこう演説した。

『アパルトヘイトをデモクラシーに置き換えることで――現実の和解は、徹底した変化と民主化のプロセスなしには成し遂げられない。』(P152)

『今夕、われわれが主張しようと務めた要点は、わが国の歴史を考慮に入れると、真の和解は、われわれがわれわれの目標である社会的な変化に成功した場合にのみ、起こりえるということです。和解と変化は、新しい社会を建設するという類のないプロセスにおける、相互に依存し合う関係として考察されるべきです。』(P152)

南アフリカという国家の基本原理がまさにこの民主化・多様化した社会を建設する過程を通しての人種を超えた和解の実現ということなのである。

真実和解委員会については、その役割と成果について南アフリカでも研究者の間でももっと他にやり方があったのではないか、とか、国内ではそれほど大きな影響力は無かったとか否定的なものなど様々な評価がある。過去の不正義を乗り越えるために、様々な方法があり、真実和解員会の設置が唯一絶対の方法ではない。著者は真実和解委員会の評価として、ルース・ベネディクトによる日本を題材とした罪と恥の文化の議論を南アフリカに敷衍させて論じている。ここが日本人として非常に興味深い。

該当の論考は『日本人は、神に定められた支配者天皇の下に、恥の文化を保持していた』(P353)として『恥の基盤が名誉』(P353)であることなどを指摘しつつその特徴を日本論から切り離してアパルトヘイト体制下での支配層や黒人活動家たちの行動原理と結び付けて語っている。巻末の監訳者のまとめを引用する。

『クロッホの議論を簡単に要約すると、次のようになる。人は族的な集団のなかで生きている。集団に求められたことを首尾よく成し遂げたときに人は名誉を感じ、集団の期待に反したときに恥や裏切りの感情を抱く。主流の体制から排除された集団にとって、名誉や恥は生き残りのための行動原理となり、人々の関係性に規律をもたらす。他方、罪の領域は、人の社会的属性とは無関係に、一人ひとりが対等に扱われる個人の世界に属している。そこで問題になるのは善悪を区別する倫理と行為であって、観衆が人の行為をどう見なすかは関係ない。』(P413)

クロッホによれば、アパルトヘイトを主導した人々の原動力となったのがその名誉だった。アフリカーナーというアフリカ生まれの白人たちはブール戦争で英国に敗れて独立の夢を絶たれ、圧倒的多数派の黒人に脅かされ、その名誉回復の機会をアパルトヘイト体制の構築に賭けた。『アフリカーナーの名誉を守るためには、どんなことでも許された――たとえそれがもっとも恥ずべき政策であっても』(P354)。一方でウィニー元マンデラ夫人も、自身の取り巻きの中での名誉を守り、権勢を保持するために常軌を逸した行為を繰り返した。その『名誉の精神は、基本的に民主主義と相容れない』(P350)。

『名誉を失わずに罪を罪として認めることは可能か。別の言い方をするならば、罪に対する責任を認めることが、すなわち恥ずべき裏切りであるということになるのか。』(P413)

人種隔離と分断を乗り越えての和解と国民統合の実現のため不可欠なのが、『人びとが内面の罪と個人の責任という煉獄をくぐり抜けること』(P413)であり、TRCはその「始まり」として位置づけられるのではないかという。そこに著者は『贖罪と名誉の高次元での融合という展望』(P413)を見ている。この論考を通してアパルトヘイト後の南アフリカと第二次大戦後現代までの日本とのリンクを見ることも出来るかもしれない。

現実の南アフリカを見れば、その理想は未だ遠い。それは「和解」が一度限りの出来事ではなく永続的なプロセスであるからである。常に許し続け和解し続けなければならない。著者はこう書いている。

『その(和解)目的は、苦痛や現実を避けることではなく、自分とはだれかという終わることのない探究や、相違を有用なものに変えるために求められる交渉に取り組むことにある。和解はたった一度きりのプロセスではない。それは何度も繰り返されるだろう循環である。』(P396)

このTRCの成果は研究者の間でも未だに結論が出ていない問題であり、真実の追求にを基盤としての和解こそが今まさに南アフリカが国家を上げて取り組み続けている難題である。その試みの中で多くの失敗が有り少なからぬ前進があり、未だ解決されぬ課題が山積している。南アフリカを語るなら、その重さを受け止めた上で語る必要があり、このアパルトヘイト後の試みと過程に対する敬意を忘れてはいけないと思う。

参考書籍
・峯 陽一 監修「南アフリカを知るための60章 (エリア・スタディーズ79)
・ロバート・ロス 著「南アフリカの歴史 (ケンブリッジ版世界各国史)

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