「武具の日本史 正倉院遺品から洋式火器まで」近藤 好和 著

『「武具」とは、戦闘の道具である攻撃具と防御具を総称した歴史用語である。』(P12)

近代以降、攻撃具の劇的な発達によって防御具が衰退し、攻撃具が『個人使用の小型の攻撃具』であるところの「武器」と『大型かつ大規模な攻撃具』であるところの「兵器」と呼ばれるようになっていく。ただし元々は「武器」も「兵器」も用例は少ないものの防御具を含む歴史用語ではあったそうだ。その、前近代までの日本の武具の歴史をコンパクトにまとめた一冊。

武具の日本史 正倉院遺品から洋式火器まで (平凡社新書)
近藤 好和
平凡社
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まず、武具には儀仗と兵仗がある。儀仗は儀式用・神具で兵仗は実戦用となる。本書で説明されるのは後者の兵仗の方だ。攻撃具は「弓箭(ゆみや)」「鉄炮」などの飛び道具と「刀剣」「長柄」などの衝撃具に大別され、防御具は「甲(よろい)」と「冑(かぶと)」に大別され、他に「小具足」と「盾」がある。さらに古代の「刀」は「たち」、中世以降は「かたな」となるし、直刀か彎刀かで直刀は「大刀」彎刀は「太刀」となり、柄の長い刀剣は「長柄」と呼ばれるが、長柄の種類として「ほこ」と「ヤリ」があり、これらに後に登場する斧なども加えて刀剣や長柄などの衝撃具を「打物」と呼ぶ。まぁ、これだけではさっぱり理解できないでしょう。本書の目次からある程度わかるかな。

目次
序章  武具の歴史的変遷--本書の視点と構成
第一章 日本の戦士たちはどんな武具で闘ったのか
 一 日本の武具
 ニ 古代の戦士
 三 中世の戦士
 四 近世・幕末の戦士
第二章 中世の防御具
 一 甲の基礎事項
 ニ 大鎧
 三 星冑と筋冑
 四 腹巻・腹巻鎧・胴丸・腹当
 五 小具足
第三章 中世の攻撃具--弓箭と刀剣、馬と馬具
 一 弓箭
 ニ 刀剣
 三 馬と馬具
第四章 律令制下の武具--『国家珍宝帳』と正倉院遺品を解読する
 一 『国家珍宝帳』と正倉院遺品
 ニ 刀剣
 三 弓箭
 四 甲冑
第五章 近世の武具--当世具足と鉄炮
 一 甲冑と小具足
 ニ 火器
終章  幕末の武具--洋式火器の導入

戦士の四形態として著者は兵種として騎兵と歩兵、使用する攻撃具の違いから飛び道具と衝撃具とで弓射騎兵・打物騎兵・弓射歩兵・打物歩兵の四つに大別し、日本の各時代の特徴を説明している。古墳時代には弓射歩兵と打物歩兵が中心で打物騎兵がいたかどうか判断が別れるところのようだ。律令制下には弓射歩兵と打物歩兵が中心で指揮官クラスが弓射騎兵の三形態で打物騎兵はいなかったという。打物かどうかは鉾の利用の有無である。中世に入って弓射騎兵が補助的に衝撃具を使うようになり、中世後期に鉾を使い始めて打物騎兵が登場し四形態が全て揃うという流れの中で、彼らが使用した武具の特徴が個々に詳しく解説されている。

ところで、「槍」と「鑓」について目からうろこ、というか、うろこが落ちた後に再びよくわからなくなったのが「槍」を「やり」と呼ぶのが誤用であるという指摘だった。

中世では「やり」は「鑓」と表記し、槍は古代・中世では「ほこ」と訓読した。』(P20)「ほこ」は「槍」のほか「矛・鉾」などと表記され、考古学では「ヤリ」と「ほこ」があったと分類されるという。『矛・鉾は刀身の裾が袋状(ソケット状)で、そこに長柄を差し込む穂袋造なのに対し、「ヤリ」は後世の鑓と同様に茎(たかご)を長柄に差し込む茎式』(P32)なため、十四世紀に新たに登場した鑓(やり)との構造の共通点から近世以降「槍」も「ヤリ」と呼ばれるようになった。

しかし、形状は似ていても使用法が全く違い、『鑓は柄の石突に近い部分を右手で握り、左手の上を滑らせて突き出して戻』(P155)す、「しごく」動作によって使われる。これに対して古代の「ほこ」は穂袋造であれ茎式であれ、片手または両手で握って刺突したり突進したりと『両手で「しごく」鑓とは相違し、柄には滑り止めを必要とした』(P195)。さらに鑓が旧来の「ヤリ」とは関係なく登場してきた点もある。ゆえに「ほこ(槍・鉾・矛)」と古代の「ヤリ型長柄」と「鑓(やり)」という分類で呼ぶべきと著者は言う。

このあたり、なるほどと思いつつも、もう少し詳しく図版付きで具体例を出しつつ説明して欲しいところでおそらく「○○槍(ヤリ)」と名付けられている鑓と「やり」と呼ばれる「ほこ(槍・矛・鉾)」と「鑓」なのに「槍」と表記される問題とがおそらくあるのだろう。しかし、もはや槍表記のほうが一般的で、著者が挙げる使用法の違いも槍と鑓を分けるものというよりは、大きなくくりとしてのSpear=槍の使用法の一つ、あるいは槍の中でそういう使用法がされる一種としての「鑓」という印象の方が強い。この認識自体が「やり」を巡る誤用ということになるのだろうが、歴史的経緯と構造を踏まえた分類がすでに一般化した使用例と大きく違う場合にどうするのか、という厄介な問題が示されていて、それゆえにもっと突っ込んだ説明・論を知りたい。

ただ言葉はその使われ方について、学問的正しさだけが基準となっているわけではないから、誤用であることと、一般的に使われて広く浸透してしまっているということとの妥協点をどう見出すか、というところまで踏み込まないと難しいだろう。しかし、著者も『古代ギリシャの時代に軍陣で鉾を投げつけて』(P195)と「ほこ」を使っているが、もしかするとSpearの訳語自体「やり」ではなく「ほこ」とするべきなのかもしれないね。そして、近い将来教科書から「槍」が消えて全部「鉾・矛」と「鑓」に変わっているのかもしれない。

また、なぜ刀は彎刀化したのか、について『通説では、直刀は徒歩刺突用で、馬上斬撃使用のために彎刀化したという』(P178)が、著者はこれを否定して刀身収納時の工夫などから『大刀(直刀)も斬撃用』であったとし、『彎刀化とは刺突から斬撃へという機能の変質ではなく、斬撃力(それに伴う打撃力も)の強化であったと考えられる』(P179)としている。そういえば、直刀である欧州の剣の使い方で刃の部分を握って柄で殴る攻撃方法があったな(最近「純潔のマリア」で見た。)

近代の防御具の衰退、軽装化についても、『腕が板金で覆われていれば銃は扱いにくく、また銃で狙われやすいのは胴部であるから、腕・脚の覆いがなくなり、さらに、銃などの飛び道具は攻撃・防御ともに視野の広さが必要なために、顔面の覆いがなくなった。』(P272)と、いうことで、この延長線上に近代戦以降の防弾チョッキ等のボディアーマーの系譜があるなと思った。逆に現代から再び防御具の重武装化に至るとしたらどういう経路があるだろうなぁなどと妄想するのも楽しい。

なにせ多岐に渡る内容を新書サイズにまとめているだけに、もっと説明が欲しいと思うところは少なくないし、図版も68枚と必要最小限という感は否めないが、全体像を俯瞰するという点では非常に優れていると思う。個別の存在として理解していた刀剣、弓箭(ゆみや)、槍と鑓のちがい、鎧甲、鉄炮、火器が綺麗に整理されて説明されるので、相互に関連しあう内容として把握できるし、また様々な発見があって色々と理解に時間がかかるものの面白かった。

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