怒るより哀しみが先に来るのですが

空中キャンプ – 2007-09-15 ■怒りながら笑う人
この感覚よくわかるなー。僕も怒りの感覚が著しく弱くて、一般的な人が怒るであろうシチュエーションで哀しくなってしまう。一時的にカーーッとなっても、そこから続かず、哀しくなってしまう。哀しみの感覚がとても強いのだ。
怒りは誰かに向けた怒りなんだけど、そういう負のエネルギーを発してしまった自分の姿への哀しみみたいなのがすぐに、あるいはじわじわと覆ってきて、怒った後はがっくりとしてしまう。
喧嘩などになって相手が理不尽なことを言ってきても、最初は怒るんだけど、すぐに、相手を怒らせた自分のことが哀しくなったり、怒りを向けられているシチュエーションが哀しくなったりしてがっくり。
仕事上などではペルソナを被っていることが多いので、強く怒りにも似た主張の仕方をすることも多々あったのだけど、あとですんごい反省ばっかりしてる。
怒ることがはっきりと苦手なので、この哀しいという気持ちを原動力にした前向きさって何か作れないものだろうか。
社会的な怒りもないんだよなぁ。社会的な不正とか犯罪とか問題に対しては恐怖と遺憾のイみたいな感情はあるんだけど。
「人は怒ると、より論理的に決断できるようになる」というような話もあって、怒ることの重要性は理解はしているのだけど難しい。
怒りの原動力ってみんなどこから沸いているのだろうか。どうやって怒れるようになるのだろうか。
アイデンティティとか尊厳とかマイルールとかそういう明確なものが出来て初めて怒りが生まれるのかなぁ。
怒りのコントロール、怒りを抑えるのではなく発生させるという意味でのコントロールについて考えたい今日この頃。

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