キャッチボールが出来ないたった一つの理由

九尾のネコ鞭「会話はキャッチボール」の本当の意味
普通にボールのやり取り、キャッチボールが出来ないのは視空間認知能力に難があるから。
僕もキャッチボールが全くといっていいほど出来ないのだけど、それはボールがどこに飛んでくるかわからないのと、飛んできているボールを見ながら、それに対処するように体と連携することが出来ないからです。状況が見えないか、見えている状況へのリアクションが結びつかないため、キャッチボールに限らず、空間を認知することが苦手です。
で、「会話はキャッチボール」ってほんとに上手い例えで、この視空間認知能力に難があるとコミュニケーションも苦手だと言われていますね。
障害児医療から カルテに書かないこと

どうして、視空間認知が弱いと不器用だけでなく、社会性や言語概念形成などまで影響されるのか。筆者にもよくわからないが、イメージを心に描く力は対象を自分からみた方向から眺めるだけでなく、対象を心の中で回転し、違う方向から眺めたらどう見えるかという作業をする場合に必要であろう。であるならば、他者の「ものの見方」「心情」などを理解する場合にも、イメージを把握操作する力は必要とされているのだろうか。

会話に目的がある場合もあれば、無い場合もあると思うのですが、その投げてきたボールを受け止め、投げ返すその動作一つ一つに、その相手の言葉が作り出す空間を認知する力が求められているのではないでしょうか。
空気を読む読まないみたいな話ありましたが、ボールのように空間を切り裂いて飛んでくるメッセージの背景や意図や、飛んできている周りの状況をイメージして把握し、操作する能力が求められるのが会話というものなのだろうと思います。
投げられたメッセージから、目的があるか無いかを判断して、適切な返事を考えタイミングよく返す。それが会話というキャッチボールで、会話とキャッチボールは求められているものが一緒なんでしょうね。
そして、僕はキャッチボールだけでなく会話もとても苦手です。投げられたボールを取れずに後ろに転がっているのを眺めていたり、やっと掴んで投げ返してもあさっての方向に投げてしまったり、すでに投げ返すのが遅かったり、あるいは人にぶつけてしまったり。
自分がなかなか出来ないのでポーンポーンポーンと良い会話のキャッチボールをされているのを眺めるのはとても好きです。

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