「ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易」熊野 聡 著

ヴァイキングという言葉から連想される一般的なイメージは、欧州沿岸を容赦なく略奪してまわる北方の荒ぶる海賊たちだろう。角の生えた冑(かぶと)をかぶりロングシップ上で戦斧を振り回す赤ら顔の巨漢たち、おそらくは北方の社会からもあぶれた、ならず者の集まりか・・・というのは通俗的なイメージで、実際には彼らはその大多数が普段は広大な農園を持つ領主層とその従士たちであり、略奪だけではなく交易にも積極的で、夏の一時期だけ略奪と交易を行う遠征に出て、それ以外は農地を耕し、土地の支配者として振る舞う人々であった。

ヴァイキングはスカンディナヴィアの貴族・豪族による組織的な活動であって、無法者たちの好き勝手な暴虐ではない。本書は、そんなヴァイキングの略奪と交易、その行為を支えるヴァイキング社会の慣習と名誉、贈与の習慣を紹介した一冊である。

ヴァイキングとは何か、九世紀初頭から十一世紀半ばにかけての二世紀半、バルト海、ブリテン島、ヨーロッパ沿岸からアイスランド、グリーンランド、さらには北米に至る広い範囲で活動が活発化したスカンディナヴィア半島の人々とその活動のことである。ノルウェー人、デーン人、スウェーデン人、アイスランド人など幅広い人々で構成されていて、広範囲に戦闘、略奪、交易、植民を行った。この時期に彼らが急速に進出し始めた要因は人口の膨張、気候変動の影響、キリスト教拡大への抵抗、航海技術の革新、スカンディナヴィア半島の社会構造の変化など諸説あってよくわかっていない。

ヴァイキングについてよくわからない理由は、史料の限界ゆえである。ヴァイキングについて知ることの出来る史料は、同時代に刻まれた数少ないルーン碑銘文と、ヴァイキングの活動が終わってかなり経った十二世紀ごろから十四世紀にかけて書かれたサガ・エッダと呼ばれる文学作品、あとは人名・地名などの文献学・言語学的研究と考古学的調査、欧州大陸側で残されたヴァイキングに関する断片的な記述でしかない。

本書がヴァイキングの経済活動を描くにあたって依拠しているのがサガ・エッダなどの文学史料だが、当然のことながらこれらは創作性が強く、描かれている世界とは二~四世紀以上の開きがあるため史料としては取り扱いが非常に難しい。しかし、時代を超えた特徴があるかもしれず、それらの文学作品が描かれた時代と文学作品の中に描かれたヴァイキング時代とを丁寧に事実関係を確認しながら取り出していく作業がヴァイキング研究の一つの手法であり、本書でも、そのプロセスを辿りつつ、ヴァイキング社会を浮き彫りにしようとしていて、知的好奇心がそそられる。

ヴァイキング時代の北欧社会は単婚小家族からなる農民世帯を基本とし、一族や奴隷、奉公人、労働者を使った自給自足の大規模農場を経営していた。「農耕・牧畜・漁業・狩猟・木工・鍛冶など必要なほとんどの生業を農場内でこなし、農場内で入手できないものは交易か掠奪によって獲得した」(「北欧史」P56)。ヴァイキング時代の北欧社会のモデルとして考えられている十世紀初頭のアイスランドの場合、彼ら農場経営者としての農民(ボーンディ)は一世帯一〇~三〇人程度で構成され、アルシングと呼ばれる立法・裁判機能をもつ農民たちの集会制度を頂点として、個別農家の自立性を前提としつつ有力農民である豪族が支配する法的共同体が形成されていた。「漁業を補助生業としつつ、牧畜中心の農業を奉公人、労働者と奴隷を用いておこない、個別農場が独立性の高い社会的な基礎単位をなす」(「北欧史」P40)というのが、ヴァイキング時代の北欧社会に共通する特徴であった。

特にヴァイキングについて知識が無い人でも本書は楽しめる内容だと思うが、以上のような点を前提として理解しておくと、本書の内容はよりわかりやすくなると思う。

ヴァイキング時代、大規模農場経営者である社会的地位の高い豪族は、兵の士気や農場の経営などでの有能さとともに、「大きな宴を催して多くの人を客によび、贈物を気前よく与える」(P27)ことが「大物(ストールメンニ)」である条件であり、気前の良さが社会的影響力に大きく関係し、彼らの名誉心を喚起した。「宴と贈与をとおして名誉を追求しようとすれば、従士団を拡大し、ますます気前のよい生活をしなければならない」(P37)。贈物として価値があるのは威信財、すなわち金銀財宝、工芸品、武具、異国の衣装などで、これらばかりは自身の農園で手に入るわけではないから、自ずと外へ求めることになる。

冬の間は農園経営に勤しみ、夏になると自身の従士団を率い船を出して海外へと威信財の獲得に乗り出す。交易を通じて手に入れることもあれば、新たに見つけた島や大陸に乗り込んで狩猟採集あるいは生産することもあるし、傭兵団として戦い貨幣を得ることもある。また、このような獲得の旅は危険に満ちているから自ずと武装することになり、それゆえに、平和的手段で望む財が手に入らなければ略奪を行うことも少なくない。ヴァイキング社会では若いうちに未知の世界で力試しをすることは名誉でもあったから、略奪そのものを目的として航海することもあった。交易と略奪は財の獲得という目的において等価の手段である。

農家の大規模化が有力農民としての豪族を生み、彼ら豪族はその社会的地位を向上させる手段として気前の良く様々な形態の贈与を行うことを重視し、その互酬関係を質と量とでより多くなしうることを名誉として、交易と略奪、狩猟と生産など様々な手段を通じて獲得しようとし、結果として獲得した財を通じてますます地位を向上させ、形成された支配層の中から、やがて強大な王権が誕生していくことになる、という過渡期としてのヴァイキング時代である。

また、略奪といっても、単に無料で手に入れるばかりではない。「略奪者にとって、ただで手に入れることが目的ではなく、具体的な対象物が欲しいのに譲ってくれないので実力行使するという場合の略奪では、対価を置いていくのである」(P121)。外交の一手段としての戦争とは近代政治でよく言われることだが、交換の一手段としての略奪という側面がある。力の行使を当然とした売買交渉が日常的に行われていて、それゆえに、強いものは自身の従士団を強化するし、弱いものは、強いものたちと協力関係を築いて勢力均衡を図る。ヴァイキング社会内では、確かに略奪は禁止されていたが、このような実力行使を伴う強制買上は少なくなく、これに対して奪われた側は共同体を通じて異議を申し立て報復を正当化しようとする。

世界史上(もちろん日本史上でも)普遍的に見られる自力救済社会の特徴がヴァイキング社会にも見えてとても面白い。贈与、交易、略奪、名誉、共同体、貨幣経済、権力、といったキーワードでヴァイキング社会というあまり縁のない社会をモデルとして構造的に理解することができる180ページ余りの面白い小論だった。贈与論や文化人類学に興味がある人は楽しめると思う。

参考書籍

ヴァイキングの暮らしと文化
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