「赤頭巾ちゃん気をつけて」庄司薫 著

およそ十年ぶりに読んでみた。以前ブログに感想を書いていたのだけれど、いい機会なので改めて感想をまとめてみる。

赤頭巾ちゃん気をつけて 改版 (中公文庫)
中央公論新社 (2012-12-19)
売り上げランキング: 12,089

内閣府の調査によると高校生の携帯電話所有率は平成二十五年度で97.2%(うちスマートフォン82.8%)に上るのだそうだ。(参照)いまどきの高校生は、というか携帯電話の登場以来ここ十年ぐらいの子供たちは、携帯電話を通じて直接的に繋がっているといえる。

なぜ、いきなりこんなデータの紹介から入ったかというと、近年急速に廃れたのが、異性に電話をかけたらお母さんが出て特にやましいことはなにもないのにドキドキした、という体験なのだろうということだ。そして、1969年に書かれた本作は、こんな書き出しで始まる。

「ぼくは時々、世界中の電話という電話は、みんな母親という女性たちのお膝の上かなんかにのっているのじゃないかと思うことがある。特に女友達にかける時なんかがそうで、どういうわけか、必ず「ママ」が出てくるのだ。」(P7)

いわゆる青春時代に携帯電話が無かった世代にぎりぎり属する僕は、この書き出しと、続けて展開される相手方お母さんとのなんともいえない微妙な会話も含めて思いっきり心を掴まれてしまうのだ。それあるー。あるー。本作に解説を寄せている文芸評論家佐伯彰一も、この「若い世代における電話愛好癖」という「風俗的な新現象」を取り込んだことを絶賛していて、ああ隔世の感、なのだけど、だからといって流行り廃りが早そうなもう古びた風俗小説なのかというとそんなことはない。

とりあえずお話としては、進学校である日比谷高校生庄司薫くんが足の爪を剥いでしまったことで幼なじみの由美とのテニスの約束を断るところから始まって、主に女性たちとの会話を中心としたある一日の色々な出来事ということになる。シンプル。エンペドクレスって火山に身投げする時サンダル揃えたの?

その女性たち、いずれも、今振り返るとライトノベルやアニメで今や見ない日がないぐらいによくいるタイプのオンパレードで、もしかすると本作はおなじみの彼女たちのルーツの一つなんじゃないかと思わされる。

幼なじみでヒロインの由美は「首尾一貫して気難しくてお天気屋で、うっかりするとすぐ舌かんで死んじゃいたい気持ちになるような極端にデリケートなタイプ」で「友達にみせびらかしたいほどの美人でもなく、みんながふりかえるボインちゃんとは正反対のやせっぽちで、百分の九十九まではしゃくにさわる女の子なのだが、ただ、なんていうんだろう、どうしようもないおかしな魅力を見せる残りの一回があるので困ってしまう」女の子。ああ、CV釘宮理恵でよく見るわー見るわー。

また、テレビ大好きで妙に人懐っこい主人公宅のお手伝いさん(本人曰く女中)のヨッちゃん、怪我した足の指の治療に訪れるとなぜだか全裸に白衣で登場して主人公をどぎまぎさせる主人公の兄の友人である年上美人女医、友人との議論を経ていよいよ全能感満載の自意識過剰な妄想に浸りながら街をさまよう主人公の前に登場してぐいっと引き戻してくれる、絵本を買いに本屋へ向かう天真爛漫イノセントな可愛さ炸裂の幼女など、その後、何百・何千・何万回と親しまれてきたであろうキャラクター類型の、おそらく祖型が次々と登場してくる。ツンデレ(幼なじみ)、メイド、セクシーお姉さん、幼女ってどこのハーレムラノベ・・・これが絶妙な配置なので、ニヤニヤが止まらない。

主人公の庄司薫くんも成績優秀、東大法学部を目指しているが学生運動の煽りで入試が中止になってモラトリアムに陥っている、おそらくイケメン、スポーツ万能(ゆえに初めての怪我に動揺している)、ピアノの名手で女友達も多くて、でも友人に誘われての「乱痴気パーティ」ではジャズ好きな女の子とアストラッド・ジルベルトの会話に夢中になって行為に至らないなど、なんだかんだで童貞を守っていて、偽善者などと批判されることも多い、妙に社会や人間関係を冷静に観察しているがゆえ本作では彼の独白で物語が進み・・・って、そんな主人公いっぱい知っている気がするよ、うん。後のティーン小説、ヤングアダルト小説の道を拓いた一つなんじゃないかと強く感じさせられる。

すぐれてキャラクター小説的な側面とともに、当時の進学校の高校生をとりまく様々な環境を主人公の独白を通して描いていくことで、類型的なキャラクター造形に人間味を与えることに成功している。進学と恋愛と性とプライドと知的探究心と悩みと大人たちとの関係と、それを取り巻く学生運動や教育制度改革など様々な社会の潮流が非常にテンポよく巧みに描かれていくのでとても小気味よい。それらが並列に、それこそ学生運動も受験戦争も恋愛も性も全て等しくかつ境界もなくシームレスに語られているのが、学生の狭い世界感をよく表していると思う。

面白かったのが、作中で主人公が語る「いやったらしいエリートたちの幼年時代」の三つのタイプだ。

  • ゴマすり型・・・「優等生だ、秀才だ、エリートだという非難(率直に言っていまの日本では、こういった言葉には必ず非難がこめられているのじゃなかろうか)に対して、オレはそうじゃない、オレはこんなに馬鹿です、間抜けです、欠点だらけですとふれまわるようなやり口
  • 居直り型・・・・「みんなの非難に対し、そうさ、オレはどうせ秀才だ、エリートだ、それがどうしたってな具合に開き直ってしまうやり方だ。誰だってそうだと思うけれど、こうやっていったん居直ってしまえば、これは相当に強い
  • 亡命型・・・・・「やらなきゃならないことだけさっさとすまして、あとの能力を音楽や美術みたいな芸術鑑賞を初め、碁だとか釣りだとか骨董だとか庭いじりだとか女の子(?)だとかいった趣味に猛烈に凝ることに使うタイプ

この三つを使い分けあるいはミックスさせているのではないかという。主人公は、いわゆる観察者気取りの主人公ならみなそうであるように、その「三つとも気に入らない」ので、「この三つのコースにフラフラ迷いこみそうになってはスレスレで頑張る」と、語っている。このあたりの気取った感じもまた、いわゆる「主人公」らしくてなんとも微笑ましく愛おしい。

そんな主人公を目の敵にしている友人の小林くんというのも登場して、彼との論争というか、小林くんの一方的な愚痴と泣き事が物語の転換点になっていくのだけど、そのあたりの展開はまた読んでのお楽しみとして、小林くんは主人公のモラトリアムな生き方でなんだかんだでうまく渡り歩いている主人公薫について「とにかくおれには、そうやっておまえたちがあわてず騒がず確実に力を養って、そしていつの間にか落着いてこの社会の権力や組織をそして歴史そのものを手に収めていくところが目に見えるんだ」と、厳しい批判の目を向けている。彼の存在が本作を主人公の自己憐憫的な物語から一線を画す効果を与えていて興味深い。

小説を書くことを断念したという小林くんの断筆の理由は、当時姿を見せ始めていた「現代社会」そのものを鋭く捉えている。

「つまりなんらかの大いなる弱味とか欠点とか劣等感を持っていてだな、それを頑張って克服するんじゃなくて逆に虫めがねでオーバーに拡大してみせればいい。しかもなるべくドギツく汚なく大袈裟にだ。小説だけじゃないよ。絵だってなんだってみんなそうなんだ。とにかく売りこむためには、そして時代のお気に入りになるためには、ドギツく汚なくてもなんでもいいから、つまり刺激の絶対値さえ大きければなんでもいいんだ。

(中略)

そしておれはね、そういういわば絶対値競争にはもう全く自信がないんだよ。それからおれは、そんなあさましい弱点や欠点暴露競争にも参加する気にはどうしてもなれないんだ。」(P120-121)

「要するにおれみたいに、おれの感受性も含めた知性に或る誇りを持っていたりすると、それだけでもうパーだ。それだけでもうおまえはひっこめ、おまえの時代じゃない、おまえは邪魔だ、おまえが悪いんだとなる。大袈裟に暴れて挫折したり、自分の弱点や欠点をおっぴろげて並べてみせて、それこそおチンチンやらなにやらみんなみせてやらなければだめなんだ。そういうことのできないやつってのはこの時代の敵になるんだ。」(P121)

そんな小林くんの挫折にあてられてか、街をさまよううちに加速する自意識過剰な妄想、そこに現れた救いとしての幼女、そしてタイトルを回収しつつ、改めて身近な彼女の元へと帰っていく王道展開は鮮やかだった。

主人公の独白と女の子たちとの軽妙な会話と関係などから本作の村上春樹への影響を指摘する意見もあるようだが、実際どうだったのかはよく知らないが、読む限りあまり感じない。庄司薫は主人公の内面の掘り下げはあまり行わず、外向的志向がとても強いのに対して、村上春樹の方はもっと内省的だと思う。また、主人公の逍遥と幼女による救済から本作に対する「ライ麦畑でつかまえて」の影響を指摘する意見もあるようだが、これもいまひとつピンとこない。

そんなわけで、今読み返してみると様々な発見があって、1969年という時代の世相を反映した軽い風俗小説でありながら時代を超えて響く何かが確実にある作品になっていました。

シリーズ第二作

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シリーズ第三作

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シリーズ第四作(完結編)

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二作目以降は読んだことがないのであらためて読んでみようと思う。

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