「臨時軍事費特別会計 帝国日本を破滅させた魔性の制度」鈴木 晟 著

太平洋戦争へ至る過程で軍部の台頭を許した大日本帝国の制度的欠陥の一つが「臨時軍事費特別会計」である。

臨時軍事費特別会計は大日本帝国下で戦時に戦費支出目的で定められる特別会計制度で日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦・シベリア出兵、日中戦争(支那事変)・太平洋戦争の四度設けられた。それぞれの支出額は日清戦争:約二億円、日露戦争:約十五億円、第一次・シベリア:約八億八千万円、日中・太平洋戦争:約一五五三億九千万円。

その特徴は

  • 「一般会計とは異なり、いずれも戦争の勃発から終結までを一会計年度とし不足分は追加予算で補われる」(P90)こと
  • 「戦争の終結までが一会計年度であるので、その間に陸海軍省は議会にたいして決算報告の義務がない」(P96)こと

である。

臨時軍事費特別会計法(昭和十二年法律八十四号)
第一条 支那事変ニ関スル臨時軍事費ノ会計ハ一般ノ歳入歳出ト区分シ事件ノ終局迄ヲ一会計年度トシテ特別ニ之ヲ整理ス
第二条 一般会計ニ属スル陸海軍省所管ノ北支事件費及大蔵省所管ノ北支事件第一予備金並ニ其ノ財源ニ充ツベキ歳入ハ之ヲ本会計ニ移シ整理ス

また、大日本帝国憲法において、戦争等突発の事件により必要となった予算は予算外支出が認められ、この予備金は使途が指定されない、つまり「議会はたんにその額について協賛するだけ」(P21)で、かつ「議会において予算が成立しない場合、政府は前年度の予算を施行できる」(P21)。ゆえに、昭和十二年九月に成立した臨時軍事費特別会計法は終期が定められないまま、軍部は機密保持の名目で費目も隠し、さらに昭和十七年以降一般会計の各省予算についても臨時軍事費に取り込んだから軍事費をほぼ使い放題になった。

莫大な額の財源をどうするか、日本に限らず戦費調達は基本的に公債である。昭和十二年度から昭和二十年度までの全歳入済額一七三三億五百万円の86%が公債で、昭和十二年から順次臨時軍事費のための公債発行限度額が引き上げられ、昭和十八年には制限が撤廃されて「臨時軍事費に関する限り政府は無制限に国債を発行することが可能となった」(P97)。かつて高橋是清が恐慌脱出のために編み出した公債の日銀引受を適用し、昭和十二年から二十年にかけて発行された国債のうち約七割が日銀引受であったという。

こうして調達した予算は主に運輸・糧食・被服などの兵站と兵器・軍需資材の購入にあてられたから、結果として国内の財閥にばらまかれることになった。三菱重工業・日本製鉄・住友金属・日立製作所・大日本兵器・中島飛行機・川崎航空機工業など財閥系の重化学工業に労働力が集められる。三菱重工業の場合、昭和十二年に五万名だった行員数は昭和十九年には約三十六万名(うち朝鮮人一万三千七百四十九名、捕虜八百五十一名、囚人二千九百七十一名などを含む)に上った。

このような臨時軍事費のバラマキに基づき政府は統制経済を敷きすべてを軍需に傾斜させた。国家総動員法を始めとする総力戦体制下で贅沢が禁止され貯蓄が奨励されたが、これも臨時軍事費と大きな関わりがある。臨時軍事費の財源確保のため日銀が引き受けた国債は民間に売却されることになるが、これを購入するのが銀行・信託会社・保険会社さらに証券業者を通じての一般人であり、この購入資金にあてられるのが庶民の預貯金である。消費を抑え預貯金を増やすことで臨時軍事費の財源を確保することになる。

東條内閣の賀屋蔵相いわく「通貨の膨張が起こらないように、国民購買力の増加が起こらないように、国民全体としての購買力の増加を貯蓄に廻し、金銭を消費に廻さず貯蓄に廻す必要があることは言うまでもない」(P143)からこその、「欲しがりません勝つまでは」「ぜいたくは敵だ!」というわけである。そして賀屋は昭和十九年、莫大な額に膨れ上がった国債の償還に関する懸念に対し「国債が増大すればする程戦争に勝つ可能性が多いと思う。国債を余計出せないような状態、詰り兵器弾薬の調弁が余計出来ないような状態は、敗戦の傾向の状態である。国家が敗れまして国債の元利償還という問題などは問題にもならない」(P145)と語ったという。

本書では臨時軍事費という打ち出の小槌があったことが、日米開戦という無謀な決断を後押ししたことも指摘されている。臨時軍事費によって作り上げられた強力な重工業と兵器工業を基盤とする軍事力が、短期決戦であれば・・・という希望的観測につながった。

日米開戦前、昭和十六年に秋丸二郎主計中佐下で行われた各国経済力調査の話が興味深い。経済学者有沢広巳によって英米と日本の経済力が分析され報告が行われたという。本書で紹介される有沢の手記によると。

「日本班の中間報告では、日本の生産力はこれ以上増加する可能性はないということだった。軍の動員と労働力とのあいだの矛盾がはっきりと出てきていた。ドイツ班の中間報告もドイツの戦力は今が峠であるということだった。
ぼくたちの英米班の暫定報告は九月下旬にできあがった。日本が約五〇%の国民消費の切り下げに対し、アメリカは一五~二〇%の切り下げで、その当時の連合国に対する物資補給を除いて、約三五〇億ドルの実質戦費をまかなうことができ、それは日本の七・五倍にあたること、そしてそれでもってアメリカの戦争経済の構造はさしたる欠陥はみられないし、英米間の輸送の問題についても、アメリカの造船能力はUボートによる商船の撃沈トン数をはるかに上回るだけの増加が十分に可能である」(P189~190)

この報告を受けた杉山元参謀総長は「本報告の調査およびその推論の方法はおおむね完璧で間然するところがない。しかし、その結論は国策に反する。したがって、本報告の謄写本は全部ただちにこれを焼却せよ」(P190)と命じたという。客観的な情報分析に基づく政策を立案するのではなくすでに決められた政策に反するがゆえに実証的な分析を破棄するという倒錯が起きていた一つの例である。このあたり、あわせて以前書いた記事『「日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか」小谷 賢 著』で紹介した本も参考になると思う。

結局臨時軍事費はじゃぶじゃぶと使われ、しかしそれに生産力も労働力も追いつかず、軍需傾斜の統制経済では国力は疲弊する一方で、どれだけ国債を発行しようと戦争に勝つ可能性は萎みつづけるだけだった。敗戦後、「日本の今日の資力では二度破産しても、三度破産しても払いきれない」と当時の経済学者大内兵衛が評した債務が残り、元本の破棄か支払いかの議論を経て第二次吉田内閣によって二十四億円の国債費が計上され特別会計は閉じられた。

しかし、あまりに戦時下の臨時軍事費関連の会計がザルすぎたせいで、その後も決算時点では明らかでなかった歳入歳出が頻発してその都度処理され続けているようで、最近でも河野太郎議員がブログで取り上げている。(まだ終わっていない戦争の決算|河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり

本書を読むと、まぁなんでこんなザルというにはひどすぎる制度がまかり通ったのか呆れる他ないが、同時に財政にフリーハンドを与えたことで暴走に拍車をかけたことが伺えて、戦前はどうしても政治的・社会的あるいは軍事的側面からばかりとらえられがちだが、お金の流れから理解することで新たな戦時下の日本が見えてきて興味深い。「そこに魔法のカードがあるじゃろ?」を国家財政規模でやっちゃったんだな・・・。

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