「本好きの下剋上 第一部『兵士の娘』1~3巻」香月美夜 著

本が好き過ぎて周りが見えなくなるほどの読書狂い女子大生本須麗乃。司書として大学図書館への就職も決まったある日、地震で崩れ落ちてきた本に埋もれながら意識を失い、気づくと中世欧州風異世界、高熱で瀕死の五歳の幼女マインと入れ替わるように転生ていたという異世界ファンタジー。これ、とても面白かったです。装丁も挿絵も美麗。

主人公は本好きなので異世界でも本を読みたいと思うわけですが、彼女の身の回りには本がない。本がないどころか紙も文字も見当たらない。本が読みたいのにないなら本を作ればいいじゃないということで、本作りに乗り出すことになるわけですが、現代日本人としての豊富な知識で無双・・・するのではなく知識を生かすのにどうするか、が物語の主軸です。

主人公に弱点を、は創作の鉄則ですが弱点のオンパレード。主人公は中身は豊富な知識を持つ22歳の女子大生ですが体は病気がちで虚弱な5歳の幼女、しかも不治の病を抱えてたびたび高熱で寝込むほど。だからせめて普通に行動できるように体力づくりや身の回りの衛生環境の整備からはじめなければならない。中世的世界の庶民の家庭なので衛生観念はかなり低いわけです。家族もみな読み書きも満足にできないし、兵士の父とお針子の母、ひとつ上の姉という家庭ではそもそも文字が必要なく、狩猟採集が身近な生活手段としてある、という環境で、どうやって本を読めるようになるか。

健康・衛生から初めて回りの人を徐々に巻き込み、生活のさまざまな工夫を浸透させて、文字を教えてくれる伝を見つけ、自身のアイデアと子供離れした言動で商人に認められて、パトロンを見つけて紙作りに乗り出し、七歳で事業を起こして多くの大人から信頼を勝ち得る一方ですごすぎるその成果は大人たちからの警戒も呼び・・・と、ただ本を読みたいという情熱を原動力に道を切り拓きながら、一方で死に至る不治の病を抱えていつ死んでもおかしくはない、どうするマイン。というのが、1~3巻の大きな流れで、すっかりメジャーになった異世界転生無双物の多くとは一線を画した地に足がついた作品になっています。

特徴のひとつには手工業モノの顔があります。油と香味薬草を組み合わせてリンスインシャンプーを作ったり、木を削ってかんざしを作ったり、身の回りの自然からどう日常品を工夫してつくるか、そういったこまごまとした手工業の延長線上に紙作りがあり、木材から紙を精製するまでのさまざまな過程に面白さがあります。もうひとつは、おなじみ経済・ビジネスモノで、アイデアの持つ商品価値をどう他人に認めてもらうか、その取引をどう行うか、主人公は中身はたしかに現代日本人ですがただの本好きの女子大生なので、転生先でも「異常なほど大人びた子供」以上ではなく、商人にその才能とアイデアを認められつつ、ビジネスのノウハウを教わりながら成長していきますので、感心はされても”現世で無職コミュ障の主人公が異世界で権力者相手に老獪な交渉テクニックを見せ圧倒”みたいなことはない。

題材からしてかなりの資料が必要な作品ですが、非常によく調べて作られていることがわかる内容ですね。何気におお、と思ったのが文字を覚える過程で、まず自分の名前の書き方を教わるわけですが、次に彼女が把握するのが数字です。文字を教えてくれる兵士オットーは会計を担当していて、その決算資料の計算の手伝いをするという展開をたどる。ここさらっと描かれているんですが、見事です。というのも、現代はアラビア数字が浸透しているので意識し辛いかもしれないですが、近世ヨーロッパで東洋学が盛んになったとき、欧州の学者は中国語の数字から覚えました。数字は多少のブレはあっても文脈や内容に意味が左右されにくいからです。一(yī)はI(one)で1だし十(shí)はX(ten)で10なわけで、あとは進法の違いに気をつければいい。特殊スキル「暗算で加減乗除」がすごい効果を見せる作品、そうそう無いな(笑)

異世界に転生して、周囲を巻き込みながら本を作りに邁進するという話としてだけではなく、いつ死ぬかわからない命を自分らしく生きるためにどうするか、という「生」の物語としての側面も持っていて主人公だけでなく、登場人物の誰もが自分らしい生き方を模索していく話にもなっていて、設定の細かさとともに物語に奥行きと広がりがあって引き込まれる。みんな生き生きして動いているのでキャラクター小説としてもじつによく出来ていると思います。どこか児童文学の香りがするので、もしかすると作者はそういう児童文学の素養がある人なのかも。

これ、図書館でみかけて面白そうと思い読んだ本なんですが、実は「小説家になろう」で投稿されたウェブ小説の書籍化作品だったようで、図書館で「小説家になろう」の良質作品と出会うというのは新しいルートだったので、これまた面白い体験だった。ウェブ小説版では相当先まで連載が進んでいるようで、あらためてウェブ小説版も最初の方だけ少し目を通したけれど、書籍版とそれほど大きな違いはなさそう。続きが楽しみです。

本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~

アニメ化もされそうだなー。一つ一つのエピソードが長いので構成大変そうだけども(笑)あ、ちなみにマインちゃんは脳内CV加隈亜衣、トゥーリおねえちゃんは脳内CV金本寿子で読んでましたので、そんな感じでお願いしたいところです。

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