「英雄はいかに作られてきたか フランスの歴史から見る」アラン・コルバン 著

フランス史上の国民的英雄・偉人たちの多くが十九世紀、国民国家フランスの誕生とともに「つくられた」。偉人が誕生し、称揚され、そして国民的英雄として歴史に刻まれ、忘れ去られていく過程をアナール学派の代表格アラン・コルバンが子供に語る体で描いた英雄誕生のフランス社会史。

フランスにおける国民的偉人のモデルとして
1)プルタルコス的軍人
2)キリスト教的聖人
3)啓蒙主義的偉人
4)ロマン主義的英雄
大きく四つに分類される。

プルタルコスの対比列伝はルネサンス以降広く読まれ第一帝政時代にナポレオンとその将軍たちはプルタルコスが描く古代ローマの英雄たちと比較して語られるようになった。軍人としての勇敢さや戦場で死んだもののヒロイズムがその特徴だが、このようなタイプの英雄観は近代戦以降戦争の悲惨さが強調され兵士一人ひとりへと注目が移ったことで大きく後退したという。キリスト教的聖人の特徴は自己犠牲と献身、清貧で栄華のむなしさを強調したが脱宗教化(ライシテ)の過程で衰えていくが、ロマン主義者によって小さき者の偉大さが再発見される過程に受け継がれた。啓蒙主義的偉人は世俗化の過程で啓蒙主義者によって賞賛された人々で、有益性の社会倫理に裏付けられた行動や徳を目的として、民衆の支持を受ける。「国民を啓蒙した哲学者、国によい法律をもたらした立法家、その法律を公明正大に執行した司法官や、富を生み出す見識ある生産者や貿易商」(P26)などで、フランス革命後は啓蒙主義的偉人とプルタルコス的英雄の組み合わせがみられるようになった。ロマン主義的英雄は啓蒙主義的偉人と同様人々の手本となる人々として描かれたが、特に時代精神を具現化した人物、自らの使命を知り民衆を導く民衆の指導者とされた。

「つまりロマン主義的英雄とは、時代の化身であり、代弁者であり、象徴でもあるのだ。英雄は自分が生きている歴史的瞬間に順応しているわけだが、未来をかすかながら予見しているため、その歴史的瞬間を支配していることになる。こうした事柄はすべて、大衆を熱狂させるカリスマ性のある人物を予告していた。」(P29)

このようなフランスの国民的英雄を創出したのが第三共和政(1870~1940)で、普仏戦争(1870)の敗北以降、ドイツに対抗して国民国家を形成するための求心力を英雄に求めた。パリの学生街カルティエ・ラタンの一角サント=ジュヌヴィエーヴの丘にある「パンテオン」は十八世紀後半にカトリック教会として建設が開始されたがフランス革命を経て革命の偉人を祀る建物とした。第一帝政では過去の偉人を祀ることには消極的で、その後もあまり使われなくなっていたが、第三共和政政府はこれに注目し、過去の英雄・偉人の霊廟として活用することにした。1885年ヴィクトル・ユゴーの埋葬を皮切りに多くの歴史上の人物の遺骸がパンテオンに集められ、彼らの生涯が学校教育や文学を通じて「国民の偉大な物語」として広められる。同時にパンテオンの英雄たちだけでなく、歴史上のさまざまな人物の記念碑がフランス各地に建てられる。政争を繰り返してなかなか安定しなかった第三共和政は国民の統一と連帯のため、教育を重視し、芸術を奉仕させることにした。都市や公共建造物の中の記念碑や彫刻が市民意識を高め、偉人の顕彰を通して「自由」「平等」「博愛」そして「進歩」という共和国の理想を広めようとした。

本書で紹介される、フランスの英雄になった人々は数多い。フランキュス、ウェルキンゲトリクス、クローヴィス、シャルルマーニュ、聖王ルイ、デュ・ゲクラン、ジャンヌ・ダルク、フランソワ一世、バヤール、アンリ四世、リシュリュー、マザラン、ルイ十四世、フランス革命の人々、ナポレオン一世、アルフォンス・ド・ラマルティーヌ、ナポレオン三世、ヴィクトル・ユゴー、ガンベッタ、ルイ・パストゥール、ジャン・ジョレス、クレマンソー、フォッシュ元帥、リヨテ元帥、ギヌメール、メルモーズ、サン=テグジュベリ、フィリップ・ペタン、シャルル・ド・ゴール、ルクレール元帥、ジャン・ムーランなど。

フランキュス(フランシオン)はロンサールの叙事詩「フランシヤッド」の登場人物で、トロイア戦争でトロイア軍を率いたヘクトルの王子である。祖国滅亡後、フランキュスの末裔がライン川沿岸に移り住んでそれがフランク王権さらにフランス王家の家系になったという起源神話が十六世紀頃から信じられ始め、十九世紀には貴族・エリートがトロイアの血を引くフランク人、庶民がガリア人という社会の階級制を正当化する思想になった。ウェルキンゲトリクスはカエサルと戦ったガリアの指導者で、再注目されたのは普仏戦争の敗北であった。ガンベッタ以前にフランス領土を敵の侵攻から守った愛国者・国民的英雄として第三共和政と重ねあわせて語られ、勇敢な国民性を持つガリア=フランス人の英雄になった。

中世の英雄シャルルマーニュがフランス史上の国民的英雄とされたのが、中世を通してのさまざまな伝説で語られて馴染み深いこととともに、彼の孫シャルル二世の継承した西フランク王国が現代フランス領土とほぼ重なり合うことにあったようだ。「すなわち現代のフランス領土を予示しているのだ」(P59)。ゆえに「シャルルマーニュのフランス史への組み入れが実際に正当化され」(P59)、第三共和政下の学校教育でシャルルマーニュは重視された。ただし、再び現代のフランス領土になるまで千年以上西フランク領土と重なることは無かったし、そもそもシャルルマーニュはアーヘン(現在のドイツとベルギー/オランダ国境付近の町)の宮殿から統治したが。

ジャンヌ・ダルクが近代以降に英雄化されたことは以前も紹介したが、彼女の存在の多面性が国民的英雄として祀り上げやすかったことにあったようだ。異端審問で殺されたジャンヌは反教権の象徴として世俗主義者から人気があり、民衆からの支持を受けて領土を防衛した点で共和主義的英雄であり、敬虔な信仰と殉教によってカトリック的聖人である。普仏戦争の敗北の後と、第一次世界大戦の勝利の後と二度ジャンヌは栄誉を称えられて顕彰された。また、近年になると、イングランドを追い出したという点から民族主義の英雄として人気が高まり、「現代では、フランスの政党である国民戦線がジャンヌを自らの党の象徴として祀りあげている」(P77)。ああちょうど党首のマリーヌさん女性でしたね。ジャンヌ・ダルクは排外主義のアイコンとして使われているらしい。

英雄を英雄たらしめるのは、彼・彼女が生きた当時の評価ではなく、その歴史上の人物を英雄として評価したい時代の時代精神の反映だ。ジャンヌやナポレオンはここ百年、変わらずフランス人の人気上位に座り続ける一方で、忘れ去られた英雄も多い。一方、再評価された人物もいる。この浮き沈みについても様々な例が紹介されていて面白い。フランソワ一世の忠実な騎士バヤールなどはすっかり忘れ去られた。一方、ナポレオン三世はパリ建設や近代化への貢献があきらかになって再評価され、ド・ゴールもその功績は賛否まっぷたつだが、強いリーダーシップへの憧れからか近年急速に人気を伸ばしているのだそうだ。また、ペタンのように英雄から裏切り者へと浮き沈みが激しかった人物についても興味深い。

また、コルバンは日本向け序文で「二十一世紀の日本において英雄や偉人がどのように作られ、貶められたかを教えてくれる著作があれば、私としては喜んで読みたい」(P3)と話題を向け、巻末で小倉孝誠教授が日本の偉人が作られる過程として、日本の英雄誕生の過程における学校教育、文学、映像などの影響と、明治末期から太平洋戦争時における偉人の彫像が作られたことなどについて簡単に触れられている。

特に坂本龍馬の評価が「その時々の社会・政治情勢におうじて変化してきた」(P243)こと、維新後は忘れられていたが、自由民権運動で板垣退助らが坂本を自由民権運動の先駆者として持ち出し、大正時代末期にデモクラシーを先取りした革命家とされ、戦後、司馬遼太郎作品の強い影響下で現在の時代を打破した風雲児としてのキャラクターが確立された。このあたりの日本における国民的英雄誕生過程、掘り下げれば様々なネタが満載だと思うので、コルバンの振りに答えた著作の誕生を待ちたい。特に皇国史観の隆盛と衰退とか左翼的偉人、右翼的偉人の展開と変化とかも戦後史を浮き彫りにさせそう。最近の渋沢栄一人気の急浮上も現代の時代精神を色濃く反映した結果だと思うし、織田信長を新自由主義政策を先取りした先駆者として持ち上げた本も以前見かけたな。

原題が「息子に語るフランス史の英雄たち」というとおり、基本的には高度な論考は避けられて平易な文章で綴られているので、本格的な本というわけではないし、おおむねフランス人向けに細かい説明は省かれているので、背景となる知識はある程度持っておいたほうが読みやすいと思う。特にパンテオン関連については、本書の小倉氏の解説のほか、長井伸仁「歴史がつくった偉人たち―近代フランスとパンテオン (historia)」、大まかな通史として柴田 三千雄 著「フランス史10講 (岩波新書)」などに目を通しておくと有用なんじゃないかと思う。

英雄はいつの時代でも英雄なのではなく、その人を英雄として語りたい人々がいて、人々にその歴史上の人物を英雄視させるだけのその時代の時代精神・空気がある、ということがわかる一冊になっている。そして、その時代精神を掴んで体現した人物を今ポピュリストと呼ぶという点で、英雄のいらない時代ではある。そういえばブレヒトの戯曲「ガリレオの生涯 (光文社古典新訳文庫)」での超有名な台詞に「英雄のいない国は不幸だ」「ちがう、英雄を必要とする国が不幸なのだ」というのがあった。

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