「タコの教科書 その驚くべき生態と人間との関わり」リチャード・シュヴァイド 著

知能は非常に高いが、単独行動が基本、一日のほとんどをお気に入りの巣穴で過ごす引きこもりで、攻撃力は高いがストレスに弱く、食欲旺盛、危険が迫ると周囲の環境に同化してやり過ごし、性交渉は生涯一度だけ・・・ぼっちの若者ではなく、タコの話。タコの生態がとても面白い。

ここ百年でタコの生態は非常に熱心に研究されてきた。二十世紀の海洋生物学をリードしたナポリ臨海研究所(1873年設立)の周辺がマダコの産地であったこと、学習と行動を主要な研究対象とした初期の海洋生物学にとって食欲旺盛で好奇心が強いタコが餌と動機づけの関係を調べるのに好都合だったことなどが大きい。

その結果、タコが抜群の知能を持っていることがあきらかになった。しかも、地球上の全生物の95%を占める無脊椎動物の中でも最も頭がよく、脊椎動物である多くの魚や爬虫類よりも複雑な脳の構造をしている。彼らは一匹一匹個体差が大きく個性を持ち、簡単な意識と自己認識があり、体色を自在に変えることで複雑なコミュニケーションを行うことが可能で、学習能力も非常に高く、「遊び」すら行う。

タコが知能を発達させてきたのは、環境変化に適応した結果だったようだ。約三億六七〇〇万年前、魚の種類が非常に豊富になると頭足類にとっては餌の減少と頭足類を捕まえる捕食者の増大をもたらした。「そこで頭足類は生息域を拡大し、機動性を高める必要に迫られた」(P13)約一億年かけて身体を覆う殻が退化し身体が柔らかくなる一方、脳を備えることになった。この過程はヒトと良く似ているという。

「両者とも、その祖先はより適応度の高い動物が好条件の生息地で我が物顔に暮らす大自然の片隅に身を潜め、辛うじて生き延びる時期を経なければならなかった。硬骨魚や巨大な爬虫類たちを前にして、身を固めるよろいがあったとしても役に立たないため、頭足類も哺乳類も適応力を頼りに生きる道を選ばざるをえなかった。そうして、逃げ出すタイミングや迫りくる危険を察知する能力が磨かれる。その結果、鞘形類(頭足類のなかで殻をもたないイカ、タコなど)と哺乳類はそれぞれ、競合するほかの無脊椎動物及び脊椎動物とは異なる独自の地位を確立したのだ。」(P13-14)

自然選択が働いた結果としての収斂進化現象の一つの例として「タコは脊椎動物の学習能力に似た能力を持つユニークな無脊椎動物(軟体動物)」(P82)となったのだそうだ。

本書ではこのようなタコの生態と特徴のほか、タコの漁法と市場経済、世界のタコ料理、タコのイメージを巡る諸文化についても詳しく書かれている。特にタコが好き過ぎる日本人については結構なボリュームで、たこ焼きや明石焼きなどの食文化から日本のタコ伝承、さらには春画とその欧州絵画への影響、そして日本の代表的文化「触手責め(テンタクル・エロティカ)」まで。「このように、日本の文化においてタコは依然として快楽をもたらす重要な役回りを務めている」(P150)ってアッハイ。まぁ、間違っていない。

タコが凶暴なものとして西欧で描かれるようになったのは実は最近、十九世紀後半で、どうやら有名な葛飾北斎「蛸と海女」を始めとする大量に欧州に渡った春画の影響が少なくない。多くの芸術家に影響を与えたが、これらにエロスではなく暴力性を見る者も多く、そこからインスピレーションを受けてタコを凶暴なものとして描くようになるという経緯があるようだ。契機はヴィクトル・ユゴーの「海に働く人びと」(1866)で、以後冒険小説からタコ型宇宙人、さらにはクトゥルフ神話まで恐怖の怪物化した。また、ちょっと調べてみた限り、巨大なくじらだったりタコ足だったり姿が定まらなかった北欧伝承の怪物クラーケンが頭足類として描かれるようになったのもこのころのようで、十九世紀後半の西欧世界におけるタコのイメージの変化も面白い。

日本は世界一のタコの市場で国内だけでなく海外から大量に輸入されて消費あるいは加工されて再輸出されている。一方でタコの産地であるモロッコ亜など北アフリカ大西洋岸などでは乱獲が問題になり、マダコが大きく減少してきていて問題になっているようだ。日本をはじめ各国で養殖の試みがなされているが、成功していない。唯一メキシコがマダコによく似た味も大差ないオクトパス・マヤの養殖に成功したが、消費者のニーズはマダコが主なため、代替になっていないという。

近年の研究成果を丁寧に抑えつつタコについて生態、歴史から現状まで色々知ることができる手堅くて非常に面白い入門書だった。

あわせて、これも読んだ。「タコの教科書」よりも読み物寄りで面白く読める。個人的には学術的な方が好みなので「タコの教科書」をメインに紹介したけど、こちらもタコの生態についての説明はくわしいし、よりライト層向けな内容になっていると思う。こっち読んでから、続けて「タコの教科書」を読むという順番でも良さそう。あるいはこちらは料理や漁法などが詳しく、「タコの教科書」の方は文化・歴史面に詳しいから相互に補完しあう内容にもなっているかな。あとkindleで買えるのでより手軽です。

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