「武術『奥義』の科学 最強の身体技法」吉福康郎 著

一般的なスポーツと違い、どうしても精神論に傾きがちな各種武術――主に、合気道、柔道、八極拳や太極拳などの拳法、居合や剣道などの剣術が中心――の身体の動き、特に奥義と呼ばれるような信じがたい動きについて、バイオメカニクス――身体運動を力学・解剖学・生理学から研究する学問――的に分析してわかりやすく解説した一冊。

武術を習得するとは、「体の使い方を質的に変える」(P15)ということだという。これを、「筋骨格構造に基いた身体の合理的な動きの観点から解明」(P15)しようという試みがなされている。人体の構造からはじまり、筋肉と骨格とがもたらす様々な力学的運動の解説は人体の不思議入門・力学入門といった雰囲気があってとても勉強になる。

本書によれば、人間の身体は二〇六個の骨に付着した約六〇〇の筋肉からなり、筋肉の収縮と関節で繋がる骨の相対的な位置の変化で身体運動が生じる。人体は、骨に付着した筋肉「単関節筋」と複数の関節をまたぐ筋肉「多関節筋」に大別され、筋肉と骨をつなぐ組織「腱」とが一体となって働く「『筋腱複合体』としての人体」という面と、「テコの集合体としての骨格」という特徴とで成り立っているとされる。

テコの集合体としての骨格を持つ筋腱複合体としての人体の動きは、「筋肉の収縮力が骨を引っ張って関節回りに回転させ、その動きが他の関節を通して次々に他の骨に伝わることで生じる」(P43)。その関節の間に生じるのが大きさが同じで逆向きの二つの力「関節間力」と力が物体を回転させる能力「トルク(力のモーメント)」である。

関節の中でもとくに肘や肩甲骨の重要性、回転と柔軟な重心移動、それを可能にする身体運動と、体幹の働きなどについて詳しく解説されている。

と、このような人体構造を踏まえた基本の解説から始まって、様々な武術の具体例を分析していく様子は非常に鮮やかだ。力学の教科書を手元おいて参照しつつ読むとよりわかりやすいと思う。読んでいるといろいろ目から鱗なことが多い。

例えば武術で筋力を軽視する傾向が強いのは、ルールが決まっている一般的なスポーツと違って、武術の場合どんな状況にも対応できる武術的な身のこなしが求められる、つまり、個別の筋肉の力に頼るのではなく筋腱複合体の特質を生かして小さな筋力で関節間力を使って目的の動きを実現する必要があるからだ。「武術で『筋肉の力』を否定するのは、『筋肉の収縮感』を否定していると解釈される」(P59)のだそう。

手裏剣についても興味深い。手裏剣を投げるときは約五メートルの距離まで近づいて迅速に投げる。時速五十五キロ、相手までの到達時間は〇・三三秒で、十七メートルの野球に換算すると時速百八十キロに相当し、打者がバットを振る動作に〇・二五秒以上かかるのに対し、手裏剣をよける動作は軌道を見極めるためには〇・一秒もないのだそう。ただし、非常に接近しての動作になるので、迅速かつ予備動作を見破られないような動きが必要になるのだそうだ。一方相手も五メートルの距離を一気に詰めて斬りかかる動作で相手を圧迫できれば主導権を握ってこちらのタイミングで手裏剣を投げさせることができる。

「気配を消す」というおなじみの達人技についても、相手に気配が消えたように感じさせるような、視覚・触覚を始めとした感覚を利用した武術の動きについて分析されていて、非常に面白かった。また、金的で急所を自由に引き上げることができる精巣拳筋の存在も知らなかったのでへぇ、と思った。

武術・格闘技をやっている人をはじめ、いわゆるブルース・リー的な細マッチョの身体作りに興味がある人、格闘技観戦が好きな人、さらには人体の構造や身体の動きについて詳しく知りたい人まで幅広く様々なことが学べる良書で、流石のブルーバックスという一冊だ。

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