「メキシコ麻薬戦争: アメリカ大陸を引き裂く『犯罪者』たちの叛乱」ヨアン・グリロ 著

メキシコの麻薬組織のニュースは日本でも盛んに報じられるようになった。大半は政治家や地元警察の幹部が殺されたとか、死体をバラバラに切り刻まれたとか生首が晒されたといった残酷極まるもので、相次ぐ目を覆いたくなるニュースに、メキシコで今何が起きているのかと驚かされる。

本書は、近年激化の一途をたどるメキシコの麻薬組織抗争と政府の衝突について、著者が現地で当事者たちから丁寧な取材を行い、その全体像を明らかにした一冊である。第一部(第二章~第七章)では麻薬組織台頭の歴史が、第二部(第八章~第十二章)では麻薬取引の様子から生活、文化、信仰、殺し屋たちなどマフィアの実像が、第三部(第十三章~第十六章)では、現在の拡大するメキシコの麻薬組織の影響力、政府と組織、組織間の対立の構図、グローバル化するネットワーク、そして今後の展望について、400ページ以上、充実のボリュームで描かれている。

本書の第一部約150ページと「メキシコの歴史 (ケンブリッジ版世界各国史)」「現代メキシコを知るための60章 エリアスタディーズ」などを参照しつつメキシコの麻薬組織台頭に至る略史を簡単にまとめるとこんな感じだ。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

メキシコ麻薬組織略史

アヘン戦争(1840~42)の結果中国でアヘンが拡大したことが全ての始まりである。1860年代以降、植民地における奴隷制の廃止によって新たな安価な労働力として中国人移民が世界中に渡り、メキシコにも多数の中国人労働者が職を求めて訪れる。

メキシコは、1821年にスペインから独立したものの、植民地支配の負の遺産として経済状態は最悪で、政情が安定せず、さらに「米墨戦争(1846~48)」の敗北で領土の北半分を喪失、アメリカ南北戦争に連動しておきたフランスのメキシコ侵攻「干渉戦争(1862~67)」を経てようやく1860年代後半から復興期に入り、そこで労働力として中国人移民が求められた。中国人移民は勤勉に働いたが、必ずしも生活は楽なものではなく、そこで、彼らの一部が本国からアヘンケシを輸入して栽培を始め次第に拡大、メキシコ人にも広がってケシ農園経営者が登場する。

1880年代、政情不安の中でポルフォリオ・ディアス将軍が独裁体制を築くと、ディアスは自身の支持基盤としてケシ農園経営者たちを保護した。1911年、メキシコ革命によってディアス独裁政権が倒れ、熾烈な内戦と混乱を経て1940年から制度的革命党(PRI)の一党独裁体制が確立、その過程で1930年代、メキシコでは中国人移民排斥運動が起こり、多くの中国人が殺され、あるいは国外追放を余儀なくされると、メキシコのケシ農園は全てメキシコ人の手に渡った。

メキシコの麻薬栽培は第二次大戦中と1960年代米国のヒッピーブームという二度の拡大期を迎える。第二次大戦下ではモルヒネとしてメキシコのアヘン需要が高まり、これがメキシコの貧困層に雇用を提供することになった。1960年代~70年代に米国で盛り上がったヒッピーブームはドラッグの中でも特にマリファナ需要を高め、マリファナは元々スペイン植民地時代のメキシコでもわずかに栽培されていたが、この時期に栽培が急拡大した。麻薬ビジネスの確立はこの時期で、小規模農家の作物としての立ち位置から組織的な生産供給体制へ、密輸人も台頭して大掛かりな資金が動くようになる。彼らはじわじわとメキシコ政府にも食い込んで、地盤を築きつつあった。

米国での麻薬使用の拡大に危機感を覚えたニクソン大統領は1973年、麻薬取締局(DEA)を創設、世界的な麻薬戦争に乗り出した。1970年ごろから入管検査の厳密化を始め、1971年にはトルコのヘロイン製造所を攻撃、いわゆるフレンチ・コネクションを壊滅させる。1975年にはメキシコ政府と共同でメキシコ密輸組織のボスを逮捕、翌76年、メキシコ北部の「黄金の三角地帯」を壊滅させる「コンドル作戦」によってメキシコの麻薬栽培は大打撃を受けた。

新たな供給地として麻薬組織が見出したのが南米コロンビアである。左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」との熾烈な内戦下にあり、周辺諸国でも複雑に絡み合う対立の構図の中で麻薬栽培はそれぞれの勢力の資金源として重宝され、急成長を遂げた。この中で台頭してくるのがメデジン・カルテルで、カルテルによってコロンビアからカリフォルニアやフロリダへの密輸ルートが確立する。レーガン政権はカルテルに対して特殊部隊を編成して強攻策で臨み、コロンビアからの輸入ルートが難しくなると、カルテルはあらためてメキシコに目を向けた。

コンドル作戦で打撃を受けたメキシコの麻薬栽培だったが、数年で回復したという。一党独裁の悪癖で政府の汚職と腐敗が進み、麻薬組織は容易に行政機構を籠絡することができて、持ちつ持たれつの関係が形成されていた。アメリカへの密輸ルートが閉ざされたメデジン・カルテルはその復活していたメキシコ北部シナロアのギャングたちに対米密輸の委託を持ちかけたのだ。コロンビアのコカインをメキシコのギャングが仲介してアメリカ市場に流す「メキシカン・トランポリン」と呼ばれる体制が築かれ、メデジン・カルテルの下メキシコの麻薬組織は再編されることになった。メキシコのマフィアたちにも莫大な利益を生み出し、また、コロンビアからの武器流出と指導下で武装化が進んだ。

1990年代、冷戦の終結で南米の東西対立の構図も解消に向かうとコロンビアの体制も安定化し、大規模な対カルテル戦争が可能となった。これによって、カルテルのボス、パブロ・エスコバルの殺害(1993)を始めとしてメデジン・カルテルは壊滅的打撃を受ける。カルテルの衰退によって、コロンビアにかわり麻薬組織のトップになったのがメデジン・カルテル下で成長したメキシコの複数の組織だった。

1990年代、メキシコでは3つのカルテル、ティファナ・カルテル、フアレス・カルテル、ゴルフォ・カルテルが台頭、やがてメデジン後の支配権をめぐって相互に対立するようになり、メキシコ北部で凄惨な抗争が始まった。このなかでゴルフォ・カルテルが退役軍人からなる戦闘部隊セタスを編成、やがてそのセタスがゴルフォにとって代わり、セタスとシナロア・カルテルが二大組織として君臨するようになる。

2001年、アフガニスタン侵攻によって主要麻薬生産地であるアフガニスタンが衰退すると、さらにメキシコの重要性が高まり、メキシコの麻薬組織は拡大の一途をたどる。政府・国家機構に深く食い込み、社会に根付いてメキシコ社会の根幹を揺るがすほどになった。2006年、新大統領となったフェリペ・カルデロンは麻薬カルテルに対する戦争を宣言すると、各組織もこれに応えてメキシコ軍に応戦、正規軍と麻薬組織との全面戦争が始まった。泥沼化させたのが、正規軍対組織という単純な構図ではなく、麻薬組織同士の抗争と正規軍との衝突という三つ巴、四つ巴の構図だったことだ。メキシコ麻薬戦争は第一段階としてシナロアとセウタの抗争があり、第二段階でシナロア内部の内戦へと発展しながら、メキシコ軍と衝突し、メキシコ各地を主戦場としていた。

激しい戦いを経て、政府要人に対するテロも相次ぎ、2006年から2010年までに麻薬戦争で三万四千人の死者を出した。この麻薬戦争でメキシコの麻薬組織は衰退したのか?否だ。各組織のボス級が次々と死亡し大小様々な組織が壊滅しても、すぐに後継者が現れ、むしろメキシコ経由での麻薬市場は拡大し、麻薬取引だけでなく様々な犯罪を行うようになった。メキシコ北部の一部では麻薬組織が実効支配している州もある。そして、抗争は残酷さを増す一方である。2006年からの麻薬戦争はむしろ事態を悪化させたと見る見方が強い。

本書で描かれるマフィアの構成員たち――敵を拷問し、殺し、バラバラに切り刻むことをなんとも思わない人々――と、普通の人々の違いはそれほど大きくない。良き隣人であり良き夫であり良き父であり良き息子であり良き仲間である。そこにメキシコの麻薬戦争の根深さがある。

メキシコ社会とマフィア

ここはもう少しメキシコの現代史で補足しながら見ていくとわかりやすいと思うのだが、第二次大戦後、メキシコは一党独裁の下で日本、西ドイツに次ぐ成長率で「メキシコの奇跡」と呼ばれる急速な高度経済成長を遂げた。石油産業に牽引されて工業化が進み中流階級が登場する一方で、農業が急速に衰退、経済成長期の国でよく見られるように格差が拡大する。この産業構造の転換による雇用のミスマッチを基幹産業が吸収できればよかったのだが、上記のように丁度60年代、麻薬需要の急拡大がおきて、そちらに貧困層や農業従事者が吸収されることになった。

70年代以降の不況と行政機構の腐敗、福祉政策の不徹底によって、メキシコの地方部では政府にかわって麻薬産業が下層階級に雇用と福祉を提供するようになり、マフィアがしっかりとメキシコ社会に根を下ろした。彼らにとってマフィアのボスは生活を保障してくれる恩人であり、麻薬ビジネスは成功への道筋である。ゆえに、普通の人びとが一般企業に就職して仕事を覚えていくように、貧困層や地方在住者はマフィアに入って殺しや麻薬売買を覚えていく。仲間と家族のために敵を殺し、金のために麻薬を売るのだ。殺し屋となり、あるいは麻薬の売人となって貧しい家族を支える少年たちが本書でも描かれている。

ところで、こう紹介していくとメキシコが崩壊寸前の国家のように見えるかも知れないが、実は経済で見ると中南米でも優秀な国家の一つだ。外務省のデータを見ると人口約一億二二三三万人、2014年の名目GDPは12,827(億ドル)で世界15位、成長率2.1%、失業率4.83%、と好調、絶好調と言っていい。2050年には中国、アメリカ、ブラジルと並ぶ世界四大国の一つになるという予想もある。一方で、国民の80%が貧困層に属し、国民の2%が国富の50%を独占する格差社会で、貧困層の20%は飢餓の危機にあり、町にはストリートチルドレンが溢れる。順調な経済成長の影で福祉と再分配に失敗し続けてきた結果として、地下経済が発展したというわけだ。世界屈指の目覚ましい経済の成長と世界最悪レベルでの秩序の崩壊とが同時に進行している。

副題にある、「『犯罪者』たちの叛乱」とはまさにこの社会構造のことである。政府の政策の失敗に対するメキシコ社会の異議申し立てが熾烈な麻薬戦争として現出している。さらに、麻薬組織はもはや麻薬にとどまらず様々な犯罪行為を行う武装犯罪組織へと多角化、表の経済を食い破らんばかりに膨張して、周辺諸国にも少なからず影響を与え始めている。

とはいえ、仲間や家族や金を目的とするだけでそう簡単に人を殺せるようになるわけではない。子供のうちからリクルートされ、ギャングの間で殺しの訓練が行われる。二人一組で殺す、時間内に対象を切り刻む、連帯責任を取らせるなど様々な段階を経て、一人前の殺し屋に育っていく。また、各地に訓練基地が設けられて元兵士や警察官が軍事訓練を施してもいる。

マフィアの信仰

殺人への心理的障壁を崩し、仲間の連帯感の道具として宗教もまた重要だ。本書で紹介される彼らマフィアの信仰がとても興味深い。十九世紀ディアス独裁政権に立ち向かったヘスス・マルベルデは金持ちの搾取に対する貧乏人の反抗のシンボルとして神格化され、マフィアに限らず貧困層の間で信仰されているが、同時にマフィアの暴力行使を正当化する信仰となっている。ヘスス・マルベルデの礼拝堂を管理する男性は著者にこう語った。「どこの国にもロビン・フッドはいる。あんたの国にもいるだろう?」(P264)

また、自ら宗教集団とした組織もある。「ラ・ファミリア・カルテル」はカトリックとメキシコの世俗信仰を組み合わせて神の名のもとの復讐として暴力と殺戮を正当化し、残虐さで知られる戦闘集団となっている。ラ・ファミリアのボス・ナサリオは構成員にこう説いた。「二ペソのために奴隷になるよりも、一ペソの持ち主になるほうがよい。頭を高く掲げて死ぬほうが、膝を折りみじめに生きるよりもよい」(P278)。日本のヤクザの道徳にも通じる教えで、単なる暴力組織を麻薬取引、テロ、誘拐、ゆすり、殺人なんでもありの熱狂的な宗教集団に変えた。

特にギャングたちの間で広く進行されているのがサンタ・ムエルテという女神であるという。サンタ・ムエルテは死の女神で、かつては秘教としてわずかな人びとの間で密かに崇拝され、貧困層を守護する民間信仰に過ぎなかったとも言われるが、近年の麻薬戦争の激化とともに、ギャングの間で広く崇拝されるようになった。その姿はフードをかぶった骸骨で右手に頭を刈り取る鎌を持ち、メキシコシティのテピート地区(別名バリオ・ブラーボ(ならずもの地区))を中心にメキシコ全土、さらにはスペインやオーストラリアまで広がっている。この信仰が危険視されているのはギャングたちの首狩りを正当化することだ。信仰心厚いギャングは殺した相手の生首をこの女神に捧げるといい、女神は彼らの残虐行為によって生じる罪を赦し、正当化するのを助けている。

マリファナ合法化か銃規制か

社会の奥深いところまで浸透し、政府への不満を糾合して受け皿として機能する麻薬組織に対し、武力行使は、敵がまさに国民であるがゆえに、これまで確たる効果を見せられていない。複雑化する麻薬取引の流れはFBIやDEAなどを持ってしてもなかなか解明出来ず、米国市場への流入を止めることはできていないどころか、メキシコ国境付近の諸州にはメキシコマフィアの末端組織も登場し、アメリカの主要都市にも拠点が築かれつつある。現状、メキシコでは血で血を洗う抗争をしメキシコ軍と激しい衝突を繰り返す各組織もアメリカでは共存共栄の立場を崩さないが、実はかなり危機的状況と言えそうだ。

著者はこの打開策としてマリファナの合法化を提案している。日本のようにほとんど流通していない国では論外だが、メキシコやアメリカのように日常的に入手できる状況だと、むしろ合法化することで規制と管理の網をかけ、マリファナの生産・取引の現場から非合法組織を排除することに繋がるのではないかというわけだ。ただ、それが果たして実際に効果的なのか、合法推進派と反対派の間で意見の対立がある。

しかし、むしろアメリカで銃規制を行う方が効果的なのではないかとも思う。本書によれば、2008年、メキシコ政府がギャングから押収した約六〇〇〇丁の銃のシリアルナンバーを照合したところ、約九〇%にあたる五一一四丁が米国内の銃砲店で売られたものだったという。また、2009年から2010年までに押収されたもののうち六万三七〇〇丁が米国の銃砲店で市販されていたものだったという。ほかメキシコ軍やグアテマラ軍などからの抽出品もあるが、大半が米国で市販されている銃の密輸品だった。このようなデータが紹介されながら、本書では米国の銃規制について一言も触れられていないのは不思議なぐらいだ。

メキシコ麻薬戦争を内戦とするならば、内戦に至る大きな要因の一つが武器の流入である。ユーゴ紛争は冷戦終結による東欧共産国家の崩壊で流出した武器が大きな影響を与えたし、イラクのフセイン体制崩壊後の内戦もイラク軍の解体による武器の流出が背景にあったし、現状のシリア内戦からISILの台頭に至る過程でもその武器流入はアラブの春で崩壊した諸体制、特にリビアの影響が大きいと言われる。このような内戦と同様に、自由の国アメリカで出回る大小様々な銃火器がメキシコ麻薬戦争という内戦に大きな影響を与えているのではないだろうか。ならば、まずはアメリカで銃規制を行い、流入ルートを断って麻薬組織の戦闘力を殺いだ上で、麻薬組織の撃滅と社会インフラの再生、雇用・貧困対策へと進めるのが常道に思うのだが、アメリカという国を考えたらそれが夢物語であるというのがなんともいえない。

本書を読んでみると、メキシコ麻薬戦争とイラク・シリア内戦とは非常に良く似ていると思わされる。かたや麻薬組織、かたやISIL、ともに社会の不満を受け皿に殺戮と暴力を正当化して残虐行為の限りをつくす。麻薬組織に対しても、ISILに対しても現地社会のマジョリティは批判的なのだが、一方で貧困層や地域社会など抑圧され排除された層からの強力な支持を受けて人員が次々補充され、しぶとい戦闘継続能力を持っている。軍が相手にしているのがまさに社会そのものであるという点まで含めて、現代の非対称戦争の一つのあらわれなのだろうと思う。

参考リンク・書籍
メキシコ合衆国 | 外務省
世界の名目GDP(USドル)ランキング – 世界経済のネタ帳

スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連コンテンツ

スポンサーリンク
スポンサーリンク