日本社会にある神聖無垢にして善であるという子供のイメージって?

最近網野善彦の「異形の王権」を読んでいて日本の子供に対する善性なイメージというのは童形あたりから続く意識なんだろうか、とふと思った。

異形の王権 (平凡社ライブラリー)
網野 善彦
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そして宮本(引用者追記:宮本常一)は、このように「子供が自由であったのは単に幼くて、その行為に責任がなかったというだけでなく、子供たちに一種の神聖なものがあると考えられていたためであると思われる」(1-一五〇)ともいい、「神聖な童子」にも言及しているのである。

また、当時の童たちは犯罪を犯しても無罪放免されていく事例がいくつか紹介され、その理由として以下のように書かれている。

そしてそれは、宮本のいう童の自由さの現われであるとともに、童を神聖なものとして、その発言に「神意」を見る見方が、たしかにその根底にあったとすることもできよう。

そして、童や童の姿をした童形の人々は、
・僧侶などの男色の相手
・天皇の棺を担うなど葬送に関与
・牛飼。→獰猛な動物と考えられた牛を統御する呪的な力を童が持つと考えられていた
など特殊な役割を持たされていた。

しかし「自由」といっても、もとより童が自立した生活をしているわけではなく、こうした童たちは、なんらかの意味での「従者」であり、(中略)主に養われる立場であった。(中略)たしかに中世、童がその両親によってたやすく売買・質入されたのは、その「自由」さと表裏をなす事実といわなくてはならない。

不自由さと表裏一体の自由奔放さが認められていて、そこには神聖性があると考えられていたようだ。
しかし、室町期以降は

童はその「聖」なるものとしての性格をほとんど失い、次第に「子供」そのものになっていくのではなかろうか。

と書かれている。
この室町期以降の日本人の「子供観」ってどんなものなんだろうか。
室町、江戸期のことはよくわからないですが、安土桃山時代に来日したルイス・フロイスはこう書いたそうです。
ルイス・フロイスと佐賀藩内儀方

 二、ヨーロッパの子供は長い間襁褓(むつき)に包まれその中で手を拘束される。日本の子供は生れてすぐに着物を着せられ手はいつも自由になっている。 
 七、ヨーロッパでは普通鞭で打って息子を懲罰する。日本ではそういう事は滅多に行われていない。ただ言葉によって譴責するだけである。

大森貝塚を発見したことでも知られるエドワード・S・モースはその著書「日本その日その日」でこう書いているようです。

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世界中で日本ほど、子供が親切に取扱われ、そして子供のために深い注意が払われる国はない。
ニコニコしている所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい。彼らは朝早く学校へ行くか、家庭にいて両親を、その家の家内的の仕事で手伝うか、父親と一緒に職業をしたり、店番をしたりする。彼等は満足して幸福そうに働き、私は今迄に、すねている子や、身体的の刑罰は見たことがない。
彼らの家は簡単で、引張るとちぎれるような物も、けつまずくと転ぶような家具もなく、またしょっ中ここへ来てはいけないとか、これに触るなとか、着物に気をつけるんだよとか、やかましく言われることもない。
小さな子供を一人家へ置いて行くようなことは決して無い。彼等は母親か、より大きな子供の背中にくくりつけられて、とても愉快に乗り廻し、新鮮な空気を吸い、そして行われつつあるもののすべてを見物する。

旧き良き日本像に思わず映像が浮かぶ名文だと思うけど、それはさておき、神聖性は徐々に失われたとしても、無垢なものとみなして愛護の対象だったのだろうか。
フロイスが比較しているように、欧州は躾を重視した文化であることに対して、やはり子供たちに善性を見出す文化なのかなぁと思う。
このあたりの日本固有の子供観だとか家族観みたいなものってもう少し掘り下げてみたいなぁ。
歴史の延長としての現代の子供観と現実とのギャップというものが大きな深い溝になっているように思うのだけど、たとえどれほど現実と乖離しようとも、善なる無垢な子供観というのは少なくとも千年は続いた社会観なのでそうそう覆らないだろうなぁ。
そういう現状であるという認識でいると、いろいろな社会の諸問題を考える上でベースがはっきりするかな。と思う。

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