「ヒトは食べられて進化した」ドナ・ハート ロバート・W・サスマン著

ヒトは食べられて進化した
ドナ・ハート ロバート W.サスマン
化学同人
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全10章のうち、第3章から第8章まで、約200ページに亘って我々の祖先または我々人類がどのように捕食者によって食われたかについて具体的な描写が続く。
あるものはライオンに一蹴され、あるものはトラやチーターなどに追い詰められ、またあるものはハイエナに貪られ、またヘビに飲み込まれるもの、巨大な鷲に連れ去られ、その爪で頭蓋骨を叩き割られる子供・・・どのようなシチュエーションで、どのように襲われ、どのように息の根を止められて、どのように彼らの食事になったかが事細かに、延々と、具体的かつ科学的に分析される。
読んでいて正直うんざりさせられる。もうやめてくれ。と思う。そしてイメージが湧き始める。大草原の中で腹を空かせたトラと目が合ってしまう自分の姿。恐怖に慄き、一目散に走り始める。しかし隠れる場所はない。幸運を祈るが、時すでに遅し。一瞬のうちに追いつかれ、引きちぎられる痛みが襲い掛かってくる・・・うんざりだ。食われるのだけは恐ろしい。最高の恐怖の一つだと思いませんか。
我々に根強く残る原始人類の生態というと、やはりチームワークと道具とを駆使して狩猟によって次々と他の生物を圧倒して進化してきたという、いわゆる「狩るヒト」説(狩猟仮説)が刷り込まれていて、ある種有力な見方になっています。生来の攻撃性が人類を進化させ、それは今の争いや暴力の要因ともなっているという説ですね。
しかし著者はこの見方を否定します。ユダヤ・キリスト教的文化通念に関係していると。

初期のキリスト今日哲学者によれば、人類には善となるか悪となるかを選択する自由意志が与えられていた。したがって人間とは堕落しうる存在であった。これを後のキリスト今日哲学では、(訳注――人間は最初に悪を選んだために)本章そのものがすでに腐敗していると解釈した。人間の本質的邪悪性を説くこの考え方は、神の恩寵を失った存在という思想、あるいはキリスト教の教義である現在の思想と関係している。さあ、これでおわかりいただけたように、現代において人間の行動や本性や道徳の進化をいわゆる科学的に理解する際にも、中世からの流れを引く神話がいまだにあちこちで勢力をふるっているのだ。

さらに、狩猟仮説の影響下で発展した進化倫理学的な人間観を批判し、根拠となる彼らの言う普遍的な特徴が必ずしも普遍的でないことを指摘する。さらにヒト科生来の凶暴性や同属殺しの根拠となるチンパンジーが同属を殺したとする実験についても特殊な状況下での実験として批判し、凶暴性については必然的でないとする。
また、実は化石と、考古学に基づく事実に目を向けると、大掛かりで組織的な狩猟があったという証拠は6~8万年前でしかなく、ヒトが狩りを重視するようになったと推定できるのも40万年より古く遡ることは出来ないと言う。それ以前は採集によって植物性の食料を中心に採って生活しており、狩猟自体新しい習慣だったのだ。
この本を一冊読み終えると従来の戦いを好み、肉食で、強いオスに率いられた戦闘的開拓者集団としての原始人像とは正反対の、慎重で、平和で、メスを中心にした集団で生活し、捕食の恐怖に怯える弱い生物としての人類の姿が浮かび上がってくる。
そしてそれは従来の狩猟者としての人類よりも遥かに説得力をもっているように思う。
従来、戦争こそ人類進化の触媒だと言われてきたが、実は捕食されることに対する恐怖こそ人類を進化させることになった触媒の一つだったのかもしれない、という見方でこの本は終わる。
個人的には被捕食者だったという説の方が圧倒的に説得力があって同意できるなぁと思う。ここからは想像なのだけど、食べられる恐怖を解消するためにコミュニケーション能力を発達させ、武器を作り、集団を拡大し、移動につぐ移動によって捕食される危険性の低い場所へと移り住んでいったのではないだろうか。採集も狩猟も、その最中に捕食される危険性があるので、農耕を始めたのではないだろうか。安全で農耕に適した場所をみつけて定住し、農耕し安定した収穫を得始めると、徐々に人類が拡大していき、農耕と定住は分配する仕組みと信仰を生み出し、一気に社会が形成され、階層が生まれ文化と文明が始まる・・・
もしかして、その安全な場所の奪い合いこそが、最初の戦争だったのかもしれない。
同じ種族同士の殺し合いは元を質せば食われること=死ヘの恐怖から逃れるためだったのかもしれないなぁ。
恐怖から逃れるために殺し合いが行われたのだとしたら、それが我々の戦争の歴史の始まりだったとしたら、我々はあまりにも憐れで哀しい種族だと思いませんか。
ヒトは食べられて進化したかもしれない。しかしどれほど進化し、食べられて死ぬことはなくなろうとも、ヒトの弱さは何ら変わっていないのかもしれないなぁ。と何やら切なくなった一冊でした。

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