「コレモ日本語アルカ?――異人のことばが生まれるとき」金水 敏 著

「さあ、のむよろしい。ながいきのくすりある。のむよろしい。」

映画、マンガ、アニメ、小説など創作において中国人のキャラクターが描かれるときに特徴的な言葉遣いがある。実際の中国人が使うことはない<アルヨことば>はどのように誕生してきたのか、「役割語」を専門とする著者がそのルーツと歴史的な形成過程を整理したのが本書である。

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<アルヨことば>の主な特徴

<アルヨことば>の主な特徴として以下の四点が整理されている。(P3)

A 文末に「ある」がついて断定を表す(「ある」語法と呼ぶ)。
B 文末に「よろし(い)」がついて命令ないし勧誘を表す(「よろしい」語法と呼ぶ)。
C 「が」「を」等の助詞が抜け落ちている。
D 文と文をつなぐ接続詞や接続助詞も抜け落ちて、文と文の関係がつかみにくい。

宮沢賢治作「山男の四月」と中国人蔑視

このような<アルヨことば>の初出は宮沢賢治作「山男の四月」(1921年)であるという。赤髪金眼の山男が「汚い浅黄服の支那人」に騙されて「六神丸」になる薬を飲まされるが、間一髪、効果を打ち消す薬を飲んで元に戻るも、巨大化した「支那人」に追われもうダメだというところで目が覚める、という寓話で、当時の中国人蔑視の世情を踏まえた狡猾な得体のしれない中国人像を作り、彼に<アルヨことば>を喋らせている。六神丸は当時人気だった民間薬で、主に中国人の行商人が取り扱っていたことから人間の肝で作っている、子供がさらわれて六神丸にされているなどのデマが広まっていた。当時のデマと偏見をベースにしたちょっと怖い話エピソードで、宮沢作品の中でも評価は高くない作品だが、本人は気に入っていたらしく彼の代表作「注文の多い料理店」とともに同名の童話集に収録され、童話集の表題も当初は「山男の四月」になる予定だったとか。

当時の中国人蔑視の風潮は、日清日露戦争での勝利と第一次世界大戦での戦勝国入りによって列強とアジア権益を争う立場になるという日本の躍進が背景にあり、そこから「日本にとって尊敬と畏怖の対象であった中国は、文明開化に乗り遅れた旧弊で頑迷なくせにプライドだけは高い国として日本人の目に映るように」(P68)なる。植民地化という苦境の中で多くの中国人が労働移民(苦力)として世界に拡散すると、各地の社会構造の歪みが中国人嫌悪として噴き出すことになった。オーストラリアで白豪主義が台頭し、アメリカで中国人排斥運動が置きたように、日本でも中国人蔑視の感情が蔓延する。

当時、中国人のステロタイプを多く登場させた児童雑誌「赤い鳥」誌上における嫌悪される中国人としての「支那人」像は以下の3つだったという。

A 仙人・手品使など超常者としての支那人
B 人さらいとしての支那人
C 敵対する/蔑視すべき支那人

このようなステロタイプを踏まえて、児童文学や童話で宮沢賢治が描いたような嫌悪される中国人キャラクターが多く生み出された。

「横浜ことば」

この宮沢賢治が使った<アルヨことば>のルーツを、著者は幕末から明治にかけての横浜で使われたピジン「横浜ことば」に求めている。ピジンとは「共通語をもたない人々の間に起こる、ある限られたコミュニケーションの必要を満たすために生まれる周辺的な言語」(P34)で、以下の5つの特徴があるとされる。

1 語彙の減少。きわめて限られた単語を使い回す。従って、一つの単語はいろいろな意味で使われることになる。
2 形態の単純化。活用・屈折といった単語の変化が乏しくなり、一つの形態(例えば終止形)をいろいろな文脈で使い回す。
3 統語構造の単純化。助詞、助動詞などが乏しくなり、また接続表現も乏しくなって、文を二つ並べたものが修飾、条件、理由、継起など多様な関係を表すといった現象が起こる。
4 外国語の語彙、あるいはピジン独特の語彙が混じる。
5 話者の母語の音声の影響で、音声に訛りが生じる。

開国以降、横浜は外国人居留地として西洋人、アジア人、日本人など様々な国の人々が集まる人種の坩堝と化していた。このような中で独特な「横浜ことば」と呼ばれるピジンが使われるようになった。詳しくは本書を読んでいただくとして、文末表現として「たくさん船あります」「頭痛いあります」など「あります」が多用されるような変化があったという。「あります」語法と呼ばれている。また<アルヨことば>に通じる「よろしい」を依頼、命令、許可を示す意味で使う「よろしい」語法もあった。

このような「あります」語法の一類型として文末に「ある」をつける「ある」語法があったという。主に横浜在住の中国人を中心に使われていたと考えられており、Nankinized-Nippon(ナンキナイズド・ニッポン、南京訛り日本語)という名で呼ばれていた。ただ、直接の史料は1879年、本牧司教F・A・コープによる、中国人弁護士伍才との係争記録で、伍才との会話の齟齬で両者のしゃべり方の特徴を書き留めたものである。西洋人がr音を発音するか無視するところを中国人はl音に変換してしゃべる、語尾を「あります(arimasu)」ではなく「ある(alloo)」とする、などで、伍才氏だけに特徴的なしゃべり方だったのか、広く見られるものだったのか今ひとつよくわからないが、「このような語法が横浜在住の中国人の間で行われている認識をNankinized-Nipponの著者は持っている、ということがこの記述から窺い知れる」(P56)と推測されている。

「横浜ことば」は調べてみると色々面白くて、語彙が現代日本語に少なからぬ影響を与えていることがわかる。例えば「おはよう」である。朝の挨拶だが、「横浜ことば」ではピジンの特徴の第一であるところの、「語彙の減少。きわめて限られた単語を使い回す。従って、一つの単語はいろいろな意味で使われることになる。」を反映して、「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」等出会いの挨拶が「おはよう」一つで済まされていた。これ、現代でも、主にビジネスシーンで昼間だろうと夜中だろうと挨拶は「おはようございます」で一括されて使われていることに大きな影響を与えていると思われる。

本書ではなく、以前色々と横浜居留地のことを調べている時にみつけたのだが、明治初頭、横浜の外国人向けの日本語ガイドブックにgood morningはohio(オハイオ州のオハイオ)と言おう、という記述があったとか。確か「「犬たちの明治維新 ポチの誕生」仁科 邦男 著」で読んだ。これ、以前紹介した幕末に日本を訪れた宣教師マーガレット・バラも同じことを書いていて(参考「若き米国人女性宣教師マーガレット・バラが見た幕末日本」)、たぶん当時の外国人は「おはよう」がオハイオを連想させて覚えやすかったんだろうと思う。そこから、「オハイオ=おはよう」が代表的な挨拶として挨拶全般を統合する多様な使われ方になったのではなかろうか。

あと混ぜこぜにすることの意味での「ちゃんぽん」、拳骨の意味での「ポンコツ」(どちらも日本語ルーツ)、不適切であることの意味での「ペケ」(マレー語)など「横浜ことば」で一般的に使われるようになり、そこから広がった言葉は多い。「ポンコツ」は拳骨で殴ることから、ハンマーで殴ることを意味するようになり、やがて板金修理された車の意味になり、お馴染みの壊れかけ、役立たずな用法ポンコツになったと考えられている。「ちゃぶ台」の「ちゃぶ」も中国語ベースで食事の意味で横浜ことばで使われ、「ちゃぶ台」という言葉の語源となった。横浜ことばにかぎらず外来語、和製英語などピジンの影響を受けまくるのが日本語の面白いところでもある。

<アルヨことば>の完成

「西洋人、中国人、日本人の通商のためのリンガフランカ」(P66)としての「横浜ことば」と<アルヨことば>の間にはまだ大きな開きがあり、記録に残る「ある」語法も中国人と結び付けられるものではなかったが、1921年の宮沢賢治「山男の四月」を初出として、1930年代になると、当時の中国人蔑視、偏見と結びついて、<アルヨことば>が主に児童文学や童話などで中国人キャラクターの言葉として使われるようになった。「マイナス・イメージを伴う『支那人』がその言葉遣いと結び付けられていた」(P66)。宮沢賢治が「横浜ことば」を参考にして<アルヨことば>を編み出したという証拠は無いが、「横浜ことば」と<アルヨことば>の関係性について、以下のようにまとめられている。

「あります」語法の起源については、「○○(が)あります」「○○(で)あります」という語法からまず「が」「で」という助詞が脱落し、さらに「あります」が一種の助動詞として拡張解釈されて動詞・形容詞の後ろに付く(「飲むあります」等)、という変化の過程を考えることができるのではないか。「あります」語法が完成したあと、その常体バージョンとして「ある」語法が生まれた、と考えるのである。なお、横浜ことばと<アルヨことば>は「よろしい」語法を共有しており、またその他、語彙的にも共通するところがあるので、これらを同源とすることはさほど難しくない。

その上で、著者は「Nankinaized-Nipponから四〇年余り隔たっているが、その間の現実の中国人の離す片言の日本語に『ある』語法が継承されていた」(P194)のではないかと推測している。

「満州ピジン中国語」と<鬼子ピジン>

一方、<アルヨことば>について、日本の植民地国家であった満州および周辺領土で使われた日本語と現地語のビジンである「満州ビジン中国語」をルーツとする説についても検証し、疑問を呈している。重なる語彙が少ないが、「ある」語法、「よろしい」語法の存在、「ある」語法、「よろしい」語法を中国語に置き換えた「有」語法、「好」語法の存在などから、「横浜ことばの子孫で<アルヨことば>と同源の日本国内の片言ないしビジンの一部が満州その他の中国大陸に持ち込まれたことは間違いない」(P197)という。

興味深いのは、「満州ピジン中国語」のその後の展開だ。終戦とともに日本では忘れ去られたが、戦後、抗日映画などで偏見に基いた日本人像が形作られ、彼らの話す奇妙な日本語として満州ピジンの語彙や語法を多く取り入れた<鬼子ピジン>が登場する。日本で中国人蔑視の世情を踏まえてステロタイプな中国人像が作られ<アルヨことば>が生み出されたのとパラレルな展開を辿ったわけだ。クレオール言語が社会的、民族的偏見と結びついて創作を通してステロタイプを強化するという例が浮き彫りになる。

戦後の<アルヨことば>の展開

日本では戦時中の人気作品「のらくろ三部作」で犬を日本人、豚を中国人に模して豚たちに<アルヨことば>を喋らせているのを始め、この語法がポピュラー化した。戦後、映画、マンガ、アニメなどで次々使われることになる。本書で挙げられる戦後の<アルヨことば>キャラクター登場作品としては日活映画「拳銃無頼帳 抜き射ちの竜」(1960)の殺し屋の帳(演:藤村有弘)、「喜劇 駅前飯店」(1954)の登場人物ら、手塚治虫の「三つ目がとおる」「七色いんこ」の金三角、石ノ森章太郎「サイボーグ009」(1964~98)の006(アニメの声は藤村有弘)、前谷惟光「ロボット三等兵」、一条ゆかり「有閑倶楽部」、「ひょっこりひょうたん島」のトウヘンボクなど主に風変わりで怪しげで利にさといが抜けている中国人キャラクターが登場。個人的には北斗の拳のあるのかないのかはっきりしろと一蹴される修羅とか、印象に残っている。また、テレビでは80年代にゼンジー北京が人気となった。

また1980年代になるとカンフー映画やキョンシーブームを背景にしてチャイナ少女が登場、その画期は鳥山明「Drスランプ」の摘鶴天一家の鶴燐で、その後、高橋留美子「らんま1/2」のシャンプーなど続々登場する。<アルヨことば>は少女キャラクターに偏るようになり、やがて2000年代に入るとあまり使われなくなるのだそう。本書で紹介されている近年のキャラとしては雷句誠「金色のガッシュ」のリィエン、空知英明「銀魂」の神楽、荒川弘「鋼の錬金術師」リン・ヤオなどだが、後者二人は限定的な使い方をし、前者も女子のみ<アルヨことば>で男性キャラは全員通常の言葉遣いをしているとのこと。今でもがっつり濃厚な<アルヨことば>を使っているのは「ヘタリア」の中国ぐらいだという。

<アルヨことば>はほぼ衰退して、「中国人の発話のリアリティを増すため、『あるよ』の代わりによく用いられるようになったのが、『~ね』という終助詞である(『ね』語法)」(P177)とのことで、中国人蔑視に基づくステロタイプ化という歴史的経緯もあって<アルヨことば>は創作の中でも置き換えが進みつつあるというのが、現状のようだ。典型的な狡猾で利にさとい一方で間抜けな中国人像から徐々にコミカルで親しみやすいキャラへ、さらにチャイナ美少女と<アルヨことば>の使い手のイメージも移り変わり、愛されるキャラクターが多く生み出された一方で、蔑視から生まれた民族的差異に基づくステロタイプの定着という構図は変わっていない。

日本の創作における「役割語」はキャラクターを特徴づける上で非常に重要な役割を担っているが、一方で、その成立の過程を紐解くと、そのときどきの差別感情や階級、社会構造の歪みを背景としていることも少なくない。その一つの例として本書で解き明かされる<アルヨことば>の成立過程はその典型例として非常に興味深い内容だった。著者は「もはや政治的な文脈への配慮なしに軽々に<アルヨことば>を用いたり論じたりすることは慎まれるべきである」(P216)と問題提起している。

民族的な蔑視を背景として成立し、広く定着した胡散臭い中国人イメージを取り入れつつ展開してきた役割語<アルヨことば>は、確かに使いづらい言葉だ。なにせ、民族性を理由とした知的欠損感をキャラクターに与える役割語なので、キャラクター造形の妥当性が無さ過ぎる。ハガレンのリンは、しらばっくれるときだけ<アルヨことば>を使ってごまかす聡いキャラだったが、そういう限定的な使い方でも確かに無理がある。キャラクターを造るときに役割語を使うことで特徴づけるのか、設定や会話の中でキャラクターを浮かび上がらせるのか、その役割語はどのような意味を持ち、どのような背景で誕生してきたのか、改めて読み手にも作り手にも、日本語と創作の関わりを問う一冊になっていると思う。

あわせて同著者の「<役割語>小辞典」も読んでいたけど、役割語を使ったキャラクター造形の上手さでは鳥山明が群を抜いている感あるね。やはり天才・・・

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