江戸の身分制度研究略史

【江戸時代の身分制度論】士農工商から身分的周縁へ
「士農工商」とは何だったのか
江戸の身分制度研究略史
近世身分制社会の成立
近世身分制社会の構造~武士、朝廷、寺社、町人、百姓
近世身分制社会の社会的権力と身分的中間層
賤民制と身分的周縁を構成する社会集団
柔らかい身分理解という日本社会史の新視点

吉田勉「歴史/身分論から差別論・穢れ論・境界論・地域社会論へ―歴史学・民俗学・人類学・宗教学などの成果 前近代部落史研究の課題と展望」(2014)によれば戦後の賤民研究は次の四つの時期に分けられる。

(1)林屋辰三郎の散所論や、井上清・原田伴彦らがリードする近世政治起源説が主流だった時期(戦後~1970年代中頃)

(2)卑賤観としての触穢論を軸として、林屋散所論に代わって、黒田俊雄・大山喬平・網野善彦らがリードする中世非人論が主流となり、また渡辺広・横井清らの問題提起を承けて、朝尾直弘によって近世政治起源説から中世社会起源説へと転回した時期(1960年代中頃~1980年代初頭)

(3)(2)の時期を受けて、民俗学・人類学の「ケガレ」論議がさかんになり、歴史学でも境界論に基づく賤民像の転換や、「死と再生」というパラダイムから歴史学・民俗学・人類学・宗教学などのアプローチが行われた時期(1980年代~2000年頃)、

(4)身分的周縁論、三昧聖・散所・声聞師・舞々などの諸被差別民論、「ゆるやかなカースト社会」論、旦那場制論からの地域社会へのアプローチなど、多様な試みが分散的に取り組まれている時期(2000年頃~現在)

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近世政治起源説から中世社会起源説への転換

「近世政治起源説」は幕府・藩などの近世政治権力によってえた・非人をはじめとした被差別層は皮革業や屠殺業、死刑執行人などの職業を強制され、被差別的な身分に落とされたとするもので幕藩体制の分断統治政策によって身分差別社会が作られたとする。この見解は早くも村落共同体からの疎外という観点から1950年代に疑問が呈され、1970年代半ばまで通説的な地位を保った後、「中世社会起源説」の登場で否定されることになった。

「中世社会起源説」は1980年代に村や町のメンバーシップがそれぞれの自治に基づいていた点から被差別層が国家による強制ではなく「自立」的な地縁的・職業的身分共同体を重視して、穢れ思想など諸要因の影響で他の身分的共同体からの排除と差別の中で形成されたとする共同体決定説と、領主権力による役負担に基づく社会的分業との作用の中で被差別層をはじめとした身分差別が生み出されたと捉える。

「身分制度は、たしかに各時代の支配権力による政治的・法制的な規制や編成のこころみによって秩序化・制度化がはかられるが、身分そのものは、各時代の社会がそれぞれの特質に即して内在的に生みだすもので、したがって、社会構造のなかで広く人びとの存在形態、意識や感覚と切り離すことができず、それらを含めて分析することをつうじ把握され得る、との認識がこの十年間に学界共通の財産となった。」(朝尾直弘1992 P25-26)

鎌倉時代から室町時代にかけての社会的脱落者への差別が血縁的差別へ発展したとする中世非人論や、中世の非人を職能民と捉え、彼らの聖から俗への転換と穢れ観の変化の関係に求める網野史観や境界論などが主流となりつつ、民俗学的な穢れ思想の研究の深化を経て、身分差別への宗教的な影響なども考察された。このような研究史の中で「中世社会起源説」は地域社会の実態調査を重視することとなった。

士農工商から身分的周縁へ

その成果として1990年代に近世社会史・賤民研究のフィールドで活発化したのが「身分的周縁」論であった。日本各地の江戸時代の人々・集団の細かな実態調査が進むと、被差別層とされた人々はもちろん、従来の武士、百姓、町人とされた人々にも従来の身分の枠に収まらない多様な生き方をしている人々の姿が次々と浮き彫りになり、同時に江戸の身分社会が「士農工商」という言葉で表現されるような固定的なものではないことが明確になった。そこで、身分の枠から外れた周縁的人々が「身分的周縁」と名付けられ、その研究の積み重ねを通じて、あらためて近世江戸時代の身分制社会が捉えなおされるようになった。

身分的周縁論をリードする研究者の一人吉田伸之は「成熟する江戸」(2009)でこう書いている。

「身分的周縁というのは、このような士農工商といった固定的な身分の枠に収まらず、また単純化できない人々のありようであり、身分的周縁論というのは、これらを取り上げて、近世社会を構成するあらゆる要素を具体的、かつていねいに明らかにしてゆこうとする方法のことである。」(吉田伸之2009 P142)

「士農工商」という言葉が教科書から消えたのも、1980年代の賤民研究の「近世政治起源説」から「中世社会起源説」への転回以降の「身分的周縁」論に至る長い研究の蓄積によって、江戸の身分制社会が政治上の制度としても社会的実態としても「士農工商」の身分序列ではないということが明らかになったからである。

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