「輪廻転生 <私>をつなぐ生まれ変わりの物語」竹倉 史人 著

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死んだら魂は新たな肉体に宿る、という「生まれ変わり」を信じている人は多い。それもただ信じているだけでなく肯定的に、こう死後生まれ変わりたいという願いとして持っているし、さらに今の自分が生前他の人物であったという前世も信じていることが多い。以前知り合いに、前世は中世イタリアの踊り子だったと真面目に信じている人がいた。「やべーな中世イタリアとか戦争と略奪と破壊と飢饉と疫病の終わらないサイクルで庶民が生きていくのは地獄じゃねーか」と言いたくなるキモ歴オタ特有の意地悪な気持ちはぐっとどっかに追いやり、自由で夢と希望にあふれたその人の前世についてとても面白く話を聞いていて、ああなるほど「生まれ変わり」信仰が今を生きるその人の存在意義を形作っているのだな、と思ったものだ。

そして、これは現代日本だけの傾向ではなく世界的な潮流である。様々な調査データが一様に「生まれ変わり」「輪廻転生」を信じている人の世界的な増加を示している。本書によれば輪廻転生を信じている人の割合は、日本で42.1%、世界第八位(国際社会調査プログラム(ISSP)2008年調べ)で、一位スリランカ(68.2%)、二位台湾(59.4%)の二大仏教国が上位に来るのは当然として、三位がイスラエルのユダヤ人(53.8%)、四位フィリイン(52.0%)、五位南アフリカ(45.0%)などとなっている。

これらの調査結果は既存の宗教信仰との乖離が見られる。例えば三位のユダヤ人だが、ユダヤ教の正統派は生まれ変わりの教義を持たない。同様にキリスト教でもイスラームでも生まれ変わりは無いことになっている。仏教は輪廻転生の教義を持つが、むしろ輪廻からの解脱がその目指すところである。既存宗教とは無関係に世界的に拡大する「生まれ変わり」信仰とはどのようなものなのか、本書では、「生まれ変わり」を「主体としての<私>が肉体的な死を経験した後に、別の身体をもって再生すること」(P21)と定義したうえで、世界の様々な生まれ変わり信仰について「再生型」「輪廻型」「リインカネーション型」の三つの類型に分類して整理し(1~3章)、近年の幼児期の前世記憶研究の動向(4章)と日本における生まれ変わり信仰の拡大とその特徴を簡単にまとめ(5章)ている。

「再生型」は「世界中の民俗文化で見られる」(P23)、祖霊信仰と結びついた呪術的な信仰で部族や村落共同体などの小規模社会で見られ、「転生先が自分の家族や親族に限定されている点」(P23)が大きな特徴となっている。また「自律的な『自然法則』によって起こるものではなく、儀礼や呪術を介して人間が神霊に取り入ることで起こ」(P55)るのだという。そして、「1つの肉体に複数の霊魂が宿ったり、あるいは1つの霊魂が分裂して複数の肉体に宿るという、<私>の複数性」(P55)も特徴である。

「輪廻型」はインド起源の諸宗教に特徴的な生まれ変わり信仰で、再生型に特徴的だった地縁・血縁原理から、「業(カルマ)」の法則への転換が見られる。輪廻思想成立の過程は「非・アーリア系の先住民のあいだにあった<再生型>の生まれ変わり観念がアーリア人のヴェーダの宗教と混淆することによって、<輪廻型>の生まれ変わり思想が誕生した」(P63)とみられ、ウパニシャッドにおいて「地上世界での行いの『善悪』が次の転生に影響をおよぼす」(P70)という因果応報的な業(カルマ)思想に基づく死後の神々への道と祖霊への道という二道説として観念されるようになり、業を運搬する<主体>として要請されたのが<霊魂(アートマン)>であった。霊魂はやがて不変の実体性を持つようになり「不滅の霊魂」という観念が発明、「地縁・血縁の軛から脱却した、高度な普遍性」(P74)を志向する。この後ブッダが登場して、輪廻の主体を「不滅の霊魂」ではなく<五蘊>という五つの構成要素と<五蘊>が織りなす業(カルマ)とした。霊魂は実体を持つのか否か、輪廻の主体は「私」か否かで大きく分かれるが、いずれにしても「繰り返される輪廻のなか『個』がいかにして『全体性』に到達するか/恢復するかという共通のモチーフ」(P97)を持つ。

「リインカネーション型」は十九世紀フランスで心霊主義と社会進化論の強い影響を受けて誕生した生まれ変わり信仰で、霊魂の進化を特徴とする。「啓蒙された理知的個人による
自己決定、自己責任の原理が重んじられ」「転生を繰り返しながら霊魂を進化させ、究極的には神的な完成(パーフェクション)を目指」(P24)す。初登場は1857年、アラン・カルデックことリヴァイユという教育者が当時流行の交霊会で「テーブル・ターニング」(いわゆるこっくりさん)を通じて呼び出したゼファーという霊の言葉をまとめた「霊の書」でという書籍である。プラトン、ソクラテスら古代ギリシャ哲学者の生まれ変わり思想の影響を受けつつ、人生の苦難の理由を従来の神罰としてではなく前世の自己決定の結果とする個人主義的な災因論を取り、その苦難を生まれ変わりの際に霊魂の進化のために自ら選び取ったものと考える。このようなリインカネーション型生まれ変わり信仰と心霊主義や社会進化論といった当時のムーブメントは、旧来のキリスト教的秩序からの転換が社会背景として存在している。

「すなわち、啓蒙主義、未来(=現世)志向、個人主義などの近代的心性(モダニティ)を、キリスト教的世界観と突き合わせ、教条主義を回避しながら時代に即した新しい救済論を語ろうとするとき、再受肉(リインカネーション)というのはひとつの必然的帰結であった」(P130)

このリインカネーション型生まれ変わり思想は神智学のブラヴァツキー夫人やルドルフ・シュタイナー、エドガー・ケーシーなどの様々な宗教家・思想家が引用・紹介して近代化の波の中でスピリチュアル文化の急拡大の中で世界中に広がり、1960年代以降、旧来の伝統宗教に代わる現代的な死生観の一つとして定着するようになった。

このあたりの話題については、記事下に挙げた関連記事のとおり、結構何度も書いているのであまり書くこともなかったりはするのだが、あらためて「生まれ変わり」信仰を整理したコンパクトな一冊ということで興味深く読んだ。

日本の「生まれ変わり」信仰史として、やはりインドの輪廻型誕生同様、旧来の再生型生まれ変わり信仰に仏教伝来による「輪廻型」が混淆していく過程が描かれている。またアイヌの生まれ変わり信仰も軽く言及されている。そして、こういう近代以前の日本におけるオカルト・スピリチュアル系の話題に必ず出てくる平田篤胤、相変わらず面白い人だ。

そして、日本への「リインカネーション型」の流入について、「アウト・オン・ア・リム」「前世療法」の翻訳を行った元大蔵官僚山川紘矢・亜矢子夫妻と輪廻転生思想について述べ150万部のベストセラーとなった「生きがい」の著者福島大学元教授飯田史彦、スピリチュアルブームの火付け役江原啓之の三人の影響の大きさが述べられている。そのうえで、このような「生まれ変わり」信仰の日本での拡大が、社会の流動化、多様化と社会構成員の断片化などを背景とした「『公宗教』の後退に対する補償作用」(P209)としての「『私宗教』の性格を持つスピリチュアリティの台頭」(P209)の流れの中に位置づけられて分析されている。すなわち現代において広がる生まれ変わり信仰が「人々の社会的紐帯を強化する」(P211)「宗教の持つ重要な機能のひとつ」(P211)を果たしているのだ。この分析は確かに頷かされる。

生まれ変わりという信仰が無宗教の時代に多くの人々の支持を集めて急拡大するのは、もはや必然的帰結であることが本書を読むとよくわかる。「生まれ変わり」信仰は、もはや己が信じる・信じないにかかわらず世界的に拡大しており、これがどのような現象なのか理解しておくのは必要な知識になってくるのかもしれない。そのような点で読んでおくと社会と他者、そして自身の持つ信仰のあり方についても理解するために役に立つ本になりそうである。

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