九井諒子作「ダンジョン飯」1~3巻感想

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最新3巻読んだので、九井諒子作「ダンジョン飯」1~3巻の感想を簡単に。

ダンジョン飯 1巻< ダンジョン飯> (ビームコミックス(ハルタ))
ダンジョン飯 2巻< ダンジョン飯> (ビームコミックス(ハルタ))

ファンタジー世界でおなじみの地下迷宮(ダンジョン)へと赴く命知らずの冒険者たち――ダンジョンの奥深くへと潜っていく彼らも人間(あるいは亜人間)であるから、当然ながらメシを食う。では、その食事とはどんなものなのだろう?そこに目をつけてモンスターを様々な手法で調理して、食って食って食いまくるアドベンチャーファンタジー×グルメ漫画に仕上げたアイデアが光る一作で、今大人気作品の一つになっている。

歩き茸と大サソリとスライムなどを使って水炊き作ったり、鶏と蛇が一体化した怪物バジリスクをローストチキン風の料理に仕上げたり、バジリスクの卵とマンドラゴラなどを使っていかにもヘルシーなオムレツにしてみたりと、幻想的な怪物が次々身近な料理になっていくのがとても面白い。正直、料理は現代風にきれいにアレンジされているのでなじみやすいけど、もっと怪物料理っぽくグログロでもいいのよ、と思わなくもないが。

2巻でそのアイデアにうならされたのが魔力で動く土製人形の「ゴーレム」の土を使って野菜を畑作していることで、移動する農場と化したゴーレムの姿は、その発想はほんと無かった、という一言につきる。

料理描写だけでなく、千年前に滅びた黄金の王国と魔術師、3巻で登場するかつての黄金の王国の絵画、死が禁じられたダンジョン世界、オークと人間・エルフとの対立関係など、作品世界の設定も丁寧に伏線が張られてどこか一つの方向へと作品世界を運ぼうとする意志が感じられる作りになってきていて、世界観が明確になりつつあるようだ。

もう一つにはモンスターを食うことを通して、ダンジョン内の食物連鎖、さらにはモンスターも含めたダンジョン飯世界の生態系の持続可能性という大きなテーマへと2巻以降一気に踏み込んできている。これがどのような着地点を目指していくのかも大きな見どころだ。

ダンジョン飯エコシステムの理念的体現者というべきドワーフのキャラクター、センシの立ち位置はどこか作品世界から超越した雰囲気を持ち始めていて、彼の扱い次第では作品世界を一気に壊しかねない危うさも秘めているのが、興味深い。あきらかに彼の知はファンタジー世界の住人ではなく、現代社会のそれである。

例えば「レバーの生食はE型肝炎や食中毒・寄生虫などのリスクがある」と語っているが、E型肝炎ということはウィルスの知識が前提にあるし、そもそもE型肝炎自体1980年代に入ってようやくその原因となるウィルスの存在が確認された比較的新しい感染症だ。他にもビタミンとか鉄分とか食のバランスとか栄養学全般の知識も持っているし、彼の存在が作品世界の破綻なのか意図的なのか、いまのところ絶妙なバランスで作品世界をけん引するキャラクターとして違和感なくなじんでいるし、むしろその視点が作品を魅力的にしているが、細部にわたって非常に慎重に設定を組み立てている作品だけに、生態系全体を俯瞰した、現代社会の諸問題を見据えているような発言も含め、とても気になる。敢えて現代社会の知を持って作品世界と読者とをつなぐキャラにしているのだろうと思いつつも、その彼をファンタジー世界にどうつなぎとめていくのか、作者の手腕が楽しみだ。

食に対する好奇心旺盛な主人公ライオス、ついに3巻では亜人(といっても魚人だけど)を食ってはいけないのか悩み始めていたから、読みながらマルセルを食うまであと数歩だ、とか思ったりしてサイコホラー感が出てきていて笑った。ツッコミ役にしていじられ役のエルフ・マルシルはもう可愛い、可愛すぎる。初めて読んだその日その時から脳内CVは日笠陽子さんである。ツッコミのスピード感とか。チルチャックも活躍が次々と描かれていて、非常に魅力的なキャラになってきた。

今後、炎竜の胃袋でゆっくりと消化されつつあるであろうファリン救出へと本格的に(カエルスーツで)突入しそうな雰囲気になってきたが、果たしてファリンの命運は。死を禁じられたダンジョンという設定の登場で、無事救出成功フラグが強力に立っているわけだけど、むしろファリンが死んでいても作品テーマ的にはそんなに困らないあたり、予断を許さないなぁと思ったりもする。ほら、食がテーマの本作では、妹・親友を食った炎竜を食えるか、って物語に深みを与えるオイシイ展開じゃないですか。

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