「花の慶次―雲のかなたに」隆 慶一郎/原 哲夫/麻生 未央 著

実在の武将前田慶次郎利益の逸話を元にした小説「一夢庵風流記」の漫画化作品。
冒頭での傾奇者の説明を引用すると

「傾く(かぶく)」とは異風の姿形を好み異様な振る舞いや突飛な行動を愛することをさす

とあり、つまり傾奇者とは、権力にひれ伏さず己の信じる掟に命をかけた者たちのことを言う。(実際は単なる無頼者を指す事の方が多かったようです)おそらく歴史学者網野善彦の言う悪党や河原者、婆娑羅たちの系譜につながる者たちだろう。
勿論、この作品は創作なのでかぶき者や前田利益は存在していたが物語は必ずしも史実に即してはいません。
同作品で私がもっとも心に残ったのは、やはり主人公が時の権力者豊臣秀吉に呼び出されて謁見するシーン。
かぶき者を見たいからという理由で興味本位に呼び出されることに対して、隙あらば秀吉を殺そうと命がけで慶次が臨む。そこで慶次はしゃれこうべの紋所に虎皮の裃、さらにお尻の部分は猿のように真っ赤に染めて髷を真横にして対面する。顔を真横にして平伏することで髷はまっすぐだが頭は下げないという態度のあと、猿踊りをして秀吉を怒らせようとする。もし秀吉が怒りにまかせて手打ちにしようと掛かってきたら切り殺そうとするためだ。一度は怒る秀吉だが、その命がけで意地を通そうとする姿に感銘を受け、慶次を無事に下がらせる。
褒美を取らせるべく再度慶次を呼び出したとき、「可観小説」の描写が引用されているのでそのまま引用すると

「今度は成程くすみたる程に古代に作り、髪をも常に結直し、上下衣服等迄平生に改め、御前に出で御馬を拝領し、前後進退度に当り、見事なる体也。」

として、彼は今度は見事に礼儀を守った振る舞いで対面する。

きちんと礼儀を守った、げにも床しい武者ぶりであった。
古典はおろか古今の典礼にも通じ諸芸能まで極めたと噂される当代稀有の教養人の姿がそこにはあった。

そうして傾き通してみせた彼は最後には秀吉からどんなところであれ、かぶき通してよいという「傾奇御免の御意」を授かります。
この作品は戦さでの様々な登場人物がそれぞれ意地を通す姿が魅力の一つですが、実はこの作品最大の見所は戦闘シーンではないこのシーンであったと思います。ここに凝縮された何かがあると思わずにはいられません。
己の意地を貫くために決して型にはまらず、しかし型に通じるその生き方は、型にはめる生き方と裏表の関係にある日本人の中に脈々と残る一つのロールモデルなんじゃないだろうかと思っています。
悪党や河原者、芸能民などの傾奇者たちは網野善彦が一つのターニングポイントとして挙げたように15世紀ごろから徐々に被差別者として、人々に忌避される存在へと貶められていきます。しかしそれでも脈々とそういう荒々しい魂は残ってきているのではないだろうか。
現代は、己を貫くことは一層難しい時代ですが、己の意地を徹底的に貫こうとする人々は今でも残っていて、そのような様々な教養と知識と生きる術を身につけた上で「したたか」に己を貫くという生き方をすることが、実は重要な時代になってきているんだろうと思います。
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