江戸の華と言えば喧嘩だが実はほとんど口喧嘩だけで決着した

〈悪口〉という文化」より、江戸っ子の喧嘩について、実はほとんど口喧嘩で決着がついていたというエピソードが面白かったので紹介。

江戸ッ子の喧嘩は、現代の都会の巷に見られる血なまぐさい決闘とは大分ちがって、決闘ではなしに口喧嘩だった。立て板に水を流したような、いわゆるタンカを切ることが江戸ッ子の喧嘩の時に出る言葉だったのだ。江戸ッ子は本気に怒った時でも、衆目の前でいきなりなぐりあったりはしなかった。まずタンカを切る。そのタンカが、人の意表をつくとてつもない言葉を発した。すると、この言葉が聞いている周囲の町人たちをどっと笑わせた。目的はここにあった。相手側も負けまいとしてタンカを切り返す。それがまた相手の意表をつくとっ拍子もない言い方をする。そして、このタンカに見物人が笑う。つまり見物人の笑いの声、あるいはこれにともなう弥次馬のかけ声の多少によって勝負は決したのだ。笑われることは、江戸ッ子にとって大きな精神上の損傷であったと見えて、笑われる側に追いつめられると、すごすごとその場から姿を消していくのが常だった。もし、覚えていろ、といった捨て科白ぐらいで止どめないで、腕力を振りまわすようなことがあると、かならず弥次馬の中から仲裁人が飛び出して、そんな野暮なことをするなとたしなめられる。

今はもう無くなった粋でいなせなかつての風景。”世間に笑われないように”という価値観は一面においては秩序を維持する機能があったんですねぇ。(反面、世間の圧力はそれだけ強かったとも言えます)勿論、すべてがこんな江戸っ子気質な展開ばかりではなかっただろうと思いますが、こういう包容力のある社会って良いなぁと思いました。

とは言え、武士階級になるとまた違って、例えば鎌倉期は武士同士すぐに悪口から直接の決闘へと発展していったり、あるいは民衆も集団で飛礫打ち(石投げ)をして暴れたりしていたようなので、あくまで江戸期の都市で見物人が多くいる町人同士の諍いに限った、かつての日本社会の一面としての風景です。こういう周囲から笑われた方が負けという喧嘩のルールはイヌイットなどエスキモーにもあるそうで、前近代の社会では日本に限らず多かったようです。興味深いですねー。

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