コミュニティの秩序維持機能としての悪口祭

日本にはかつて悪口祭という行事が各地で開催されていました。悪口祭の定義は以下の通りです。

〈悪口〉という文化」(P48)
「祭に参詣した者が、互いに悪口を言い合ったり、舞っている者に悪態をついたりするのが特徴となっている祭」
「参詣人同士が互いに悪口の言い合いをし、言い勝った者が福運を得るという信仰で行われる祭」
「祭の日に限って悪口を言い合い、言い勝った方が福運を得るとされる行事」

栃木県足利市の最勝寺悪口祭、京都市八坂神社の削掛の神事(白朮(おけら)祭)、茨城県岩間町の岩間悪態祭、奥三河(愛知県北設楽郡一帯)の花祭、名古屋市中村区七所社のきねこさ祭、島根県安来市の清水寺の喧嘩祭など記録に残っているがすでに無いもの、あるいは現在でも残っているものなど悪口を言い合う祭りは数多くあったようです。また、悪口祭だけでなく、宮城県塩竈市塩竈神社のザットナや、千葉市中央区の千葉寺で行われた千葉笑いなど日ごろの不行跡を言い合う行事なども含め、全国各地に悪口を言いあう習慣がありました。これらはいずれも江戸時代中期以降に始まったもののよう。

その悪口祭の特徴は以下の四つ

1)言ってはいけない悪口(タブー)がある

P161
一つは、悪口の中でも口に出してはいけないものがあるということである。(中略)最勝寺悪口祭では泥棒・姦夫・癪病という言葉が禁句だったし、あるいはすでに紹介した近年の資料によっても、泥棒とか貧乏など「―ぼう」という類の言葉が禁句だと伝えられている

2)発言者の匿名性の保障

P161-162
削掛神事の場合、わざわざ灯火を消して暗闇の中で行うことになっている。これは発言者が特定されて無用な争いを招かないようにという配慮に基くものであろう。この点は、最勝寺悪口祭や岩間悪態祭などにも共通する。もともとこれらの行事は夜間に行われるものなので、照明の不備な近代以前であれば、特に配慮しないでも発言者を特定される心配はないとも言えるが、わざわざ注意されている点で、そうした匿名性への配慮が重要であったことはうかがえる。さらに一般的な悪口祭ではなく、不行跡を知られた特定の個人を攻撃する千葉笑いなどの事例では、確執を後日に持ち込ませないために、発言者を特定させない工夫は、より深刻な意味を持っていた。たとえば千葉笑いでは、顔を隠し、頭を包み、風体も変えて集まるといわれているには、そうした努力を示すものにほかならない。

3)集団による発言

発言者自体が子どもたちだったり、流れ歩く僧侶(雲水)たちだったりと集団で悪口を言うものも多くあったようです。集団で発言するため、

P162
発言者を直接の怨恨のしにくい。(中略)これらの行事ではいずれも何らかの形で、発言者を保護し、あるいは発言者と対象者との確執を避ける仕組みができているともいえる。

4)実力行使の禁止

悪口祭に伴う実力行使が禁止されていた。

P162-163
何を言われても怒らぬ(岩手県平泉町の毛越寺摩多羅神祭)
何を言われても手出しはしない(岩間悪態祭)
手出しは厳禁(島根県安来市の清水寺喧嘩祭)
絶対に手出しはしない(愛知県豊川市の豊川稲荷喧嘩参籠)
悪口祭の悪口はあくまでも祭という非日常的な場における発言であって、それは日常の場に持ち越されることなく解消されなければならない性質のものだからである。(中略)かつての悪口祭は一般的に、村あるいは集落といった参詣者が相互に面識を持ち、各人の行動についても秘密にしておくのが困難な対面社会の祭である場合が圧倒的であった。
そうした祭にあっては、祭の後の日常的な交際にまで対立を持ち込まないためには、何らかのルールがなければ、社会の安定がそこなわれてしまう。そこに匿名性の保障と並んで、実力行使の禁止が必要とされる条件があったのである。

悪口祭は「集団による特定の不行跡や個人の制裁」という色彩が強くその対象は「道徳的不品行、不行跡」に限られていました。「司法・警察的な制裁システムが完全に整備されない状況で、その不備を補うための補助的なシステム」であり、神の名の下に悪口を言うことで規範から外れている人に社会的な制裁を与えていました。そして、悪口を言われた者は自身の不行跡を慎むようになっていました。

P72
現代であれば個人に対する理由のない誹謗・中傷としか考えられない、このような非難も、かつては逸脱者に対する規制として、村全体の秩序を維持する上での正当性を認められていたのである。

前近代の日本の農村社会においては共同体の維持が最上の価値観であったため、個人という意識はとても薄かった。明治維新以降、個人主義思想が西洋から輸入され、全国的な司法・警察官僚機構が整備されていく過程で旧来の共同体が解体され、それにあわせて悪口祭も姿を消していくのは必然だったのだろうと思います。

それに対して、かつての武士社会は何よりも名誉を重んじ、悪口を言われたら即決闘に繋がっていました。日本の司法制度の歴史は武士同士の決闘を抑え法廷の場に持ち込んで解決していく歴史(御成敗式目の悪口罪など)だったと言って良いようです。そして、様々な点において、明治維新とは個人主義思想の名を借りて、共同体中心の農村社会に個人の名誉を重んじる旧来の武士的価値観を浸透させる側面があったと思います。

しかし、個人をどれだけ尊重しようとも人が集まるところに共同体が生まれ、共同体を維持しようという働きが生まれます。共同体重視社会だったところに個人思想を輸入した結果の矛盾が現代の「空気」という得体の知れない圧力に繋がっているように思うのですが、その「空気」について考え、共同体を維持しようと言う指向と個人を尊重しようという指向との折り合いの付け方について、この悪口祭という過去の事例は様々な示唆に富んでいるのではないかなぁと思います。

規範を共有する共同体において、充分コントロール可能な条件下で、適切なタブーを守った形で言いたいことを言い(可能ならば匿名で)その場限りで後を引かずに完結する非日常的イベントがあると少しはマシかもしれないなぁ。と思ったり。

ただ、結局のところ、すでに共同体の維持を最上の目的とする農村社会的価値観はすでに崩壊しており、個々の名誉を傷つけないことを最上とする同調圧力(=空気)のみが残っている現代の状況を考える場合、日本的武士型個人主義に変わる新たな個人主義が現われない限り、あるいは日本的個人自体が解体され無い限り根本的解決に至らないのだろうなぁと思います。そして漠然と日本社会は後者の方向に進んでいるように思いますが、またそれは別の話として。

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〈悪口〉という文化
〈悪口〉という文化
山本 幸司

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