江戸町人の<店を構える>意識の裏返しとしての現代人のプライバシー観

陣内秀信著「東京の空間人類学 (ちくま学芸文庫)」(P53-P55)
ところで江戸には、城下町に特有な現象として、町人の<店を構える>意識と、武士の<屋敷を構える>意識という、二つの逆向きのベクトルが同じ都市内に存在していた。
(中略)
まず下町の町人は、繁華な街路に堂々とした店構えをもつことを志向した。特に江戸・東京では、敷地の奥の私的居住部分は質素でも、街路に面した表の店は耐火機能をもたせるだけでなく威厳を表すために、蔵造り、塗家造りの立派なものにした。こうした街路志向は、近代の町づくりにもすばやく対応し、後には、表だけの最新流行の様式を装ったいわゆる看板建築を生むことになったし、ある意味では、今日のサインの氾濫、めまぐるしく変貌するファッショナブルな都市の表層とも一脈通じているといえよう。日本における真の都市型の建築は町人の文化から生まれたのである。
それに対し、生産や流通などの都市活動に参加しない武士階級は、土地や自然との結びつきをもった独立性の高い閑静な<屋敷を構える>ことを志向した。こうしてヨーロッパなら田園の中の別荘建築か、あるいは近代の郊外住宅地にしか登場しないような庭付きの独立住宅が、日本では都市の中心部にも広範に形成されたのである。江戸が大きな田園都市であったといわれるゆえんもそこにある。このような伝統的住意識が、狭くとも庭のある独立住宅に住みたい、という現代人の願望にまでつながっていることはいうまでもない。
日本の現代の町並みにも、この<店を構える>意識と<屋敷を構える>意識とが様々な形で組み合わされて表現されており、それだけ変化に富んだ町並みの景観を生み出しているのである。

今日、「東京の空間人類学 (ちくま学芸文庫)」を読み直していて、この部分の、特に町人の<店を構える>意識の裏返しが日本的プライバシー観につながっているのではないかなーと思いました。つまり、威厳のある表に対して質素な奥という対比があり、表は見られることを意識している訳ですが、奥の私的居住部分は見られることを意識していないということであり、そして江戸・明治と現代が違うのは、生活から職業が分離され、店を構えなくなったことであります。

「見られるべき表」の喪失が住居に起こり、見られなかった質素な私的居住部分だけが残っているのが、現代の住居であり、そのまま見られたくないというプライバシー観につながっているのかな、とちょっと根拠無く想像しているところですが、どうでしょうね。これが正しいとして、これによって生まれるプライバシー観が日本独特のものになるのか、また、西欧との違いはどうか、というところまではまだ力及ばず考えていないのですが、まずは一つの考え方としてアウトプットしてみる。

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