無宗教の信仰の対象は神聖不可侵なる人格ですよ

無宗教の信仰の対象は何?
神に変わって神聖不可侵な人格を崇拝することを共通の規範として近代社会が成立したという理解だと思いますよ。

お金はお金を交換手段以上のものとして「無限の利潤追求」をプロテスタンティズムの倫理なしに求めている(?この変曖昧な理解だけど)点で古い資本主義の発展系(なのかな?)、科学はデカルトの機械論的に見るということであれば(って古いけど)西洋哲学ベースでどちらも一種のキリスト教の末裔的。恋人など恋愛至上主義は特に日本においては個人主義が浸透し始めた大正時代の産物(恋愛至上主義 – Wikipedia)。権力は心の根源的な「権力への意志」(will to power)なものと考えるなら信仰性がつよいんじゃないかなー。サヨクウヨクは日本のは似たもの夫婦なので趣味の問題ではないかしら。しかしマルキシズムはアブラハムの宗教の末裔の一つ的に考えてもいいんじゃないかな。音楽は、高度資本主義の浸透に伴ってもう物語性を失ったので信仰の対象じゃなくなってる感が強い。

現代においてはどれもベースには人格崇拝がある。で、その人格崇拝がまずあって、相互行為儀礼がその信仰を担保しつつ、それに組み合わさるもの的に関係性の信仰として欧米のキリスト教、日本なら通称「日本教」じゃないかな。日本教も新興宗教なんだけど。

僕は特定の宗派には組しないけど、人格崇拝はロスジェネという世代的なところもあって強く囚われている感じがある。呪縛から抜け出したいが、難しい。反面日本教には懐疑的だけど、それに変わるものも見出せず、今日本教を探求している、という感じの信仰告白でご理解ご協力のほど(?)。

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