人間は脳の○%しか使っていないので凄い潜在能力があるんだ信仰

ってあるじゃないですか。最近でも、さも当然のように電車の中刷り広告なんかに自己啓発本関連で「残り○%を呼び覚ます○個の方法!」とかそんな類の本の紹介見かけましたし、すっかり人口に膾炙しちゃってる感じですよね。

僕が知ったのは20年以上前の漫画「北斗の拳」の名セリフからですけど、この言説はいつから蔓延したのかなー。

北斗の拳―完全版 (1) (BIG COMICS SPECIAL)
北斗の拳―完全版 (1) (BIG COMICS SPECIAL)
武論尊,原 哲夫

潜在能力云々がいかにアレかについてはこちらのサイトで指摘されているところなので引用させていただきますね。

「いんちき」心理学研究所 | 「人間は脳を10%しか使っていない」という神話
脳に関する話で一番知られていてかついんちきな話が「人間は脳を10%しか使っていない」という神話でしょう。この間も「能力開発セミナー」とかで載っていました。最近はグレードアップ(ダウン?)されていて、人間の脳は3~5%ほどしか使ってないことになっています。
 この脳みそ10%理論は昔から超能力とかそっち系の世界で頻繁に使われている学説(?)で、要するに人間の脳には残り90%の「眠っている力」があり、それを引き出せば超能力とか第六感とか、まあその手の人たちが大喜びしそうな「隠された力」が覚醒するとかいいたいそうです。
(中略)
 その時人間が何をしているかによって、脳の活動場所は違います。有名なところで言えば(歌詞の無い)音楽を聴けば右脳が活動するし、小説を読めば左脳が活動するようになっています。
 そして、その間は片方の脳は休息を取っていて、脳波も落ちます。これを「脳の使い分け」と言って、効率よく脳を使うための生物の仕組みです。
 もしも、全ての脳が同時に動いていたら大変です。人間の性欲は視床下部の下にある性欲中枢によって支配されています。ここが常に刺激されていたら、あなたはワーグナーの楽曲を聴きながら大事なところが反応したりします。それだけならまだしも、全く好みじゃない異性にいいよられながら下半身はファイト一発元気はつらつです。大変ですね。
 また、私達の脳は全てがオンリーワンではなく、「余剰」と呼ばれる余分な機能もあります。
 かなり昔のテレビ番組では事故で脳の半分が失われたが、子どもだったおかげか無事だった脳が右脳と左脳の双方の能力を得て成長したという事例があります。
 脳機能の通路は、一つの道ではなく、複数の道が存在します。これは、確かに無くてもかまわないものだけれど、何らかの異変が脳に起きた場合に代わりに道を提供してくれる、言わば「安全装置」とも言うべき機能であり、決して超能力とかを目覚めさせるための機能ではありません。

この説の由来は元々はアインシュタインの言葉からなのだそうだけど、アインシュタインの著書とかではなく、宗教学者・詩人のウィリアム・ヘルマンスの「アインシュタイン『神を語る』」という書籍から。

当該部分を引用しているブログがあったのでそちらから再引用します。

アインシュタイン、神を語る―宇宙・科学・宗教・平和
アインシュタイン、神を語る―宇宙・科学・宗教・平和
ウィリアム ヘルマンス

僧侶のたくらみ 神を語るアインシュタイン博士2
「先生、瞑想についてはどう思われますか?」
彼は一瞬、困惑した様子だった。
「ヨーガ行者がやっているあれですよ。」
「インドヘ行った時、何人か行者を見たが、
その平静さと無我の境地にすごく感動を覚えた。」と言って彼はにっこりした。
「そのせいで、人力車に乗れなかったのを思い出すよ。
自分の体を人に運ばせるなんて、人間に上下関係をつけることのような気がしたんでね。
ウマやロバならともかく、人間では―」
私はメモを引っぱり出した。
「瞑想の修行をつんだ人々と英国で食事を共にした折、
その中の一人の鈴木大拙教授から、ぜひあなたにうかがってほしいと頼まれました。
精神的波動と電気は同一の起源または力(フォース)から発しているのかと。」
「創造の根源的な力はエネルギーであると信じている。
それを友人のベルグソンはエラン・ヴィタール、ヒンドゥー教徒はプラーナと呼んでいる。」
私と鈴木教授が、その場にいないあなたのために特別に料理を用意しましたと言ったら、
彼はくすくす笑ってさえぎった。
「たとえ魂のかたちであっても、その場にいたという記憶はないがね。
鈴木教授のことはたいへん尊敬しているが、
教育者の最高の目標は教え子たちに心を開くことだと思う。
われわれはあまりにも小さく、宇宙はあまりにも広い。
教え子に、人は心の潜在能力の10パーセントぽっちしか使っていないこと、
そしてこの無限の空間の一部であり、
望むならそれを理解することができると気づかせることこそが、
有能な教師の役目なんだ。」

あきらかにトンデモ質問を繰り返すインタビュアーに向かってうんざりしながら皮肉で答えたっぽく読めるんですけど・・・気のせいですね。ええ。ただ、鈴木大拙がだしに使われててウケる。

ちなみに著者のウィリアム・ヘルマンスは英語版wikiにも見当たらない。多分、現在に残っている業績で著名なのはこの本だけっぽい?米アマゾン見たら出版は83年らしい。僕が最初にこの説を目にした北斗の拳も連載開始は83年だけど、出版前、25年の間に四回のインタビューのをしたらしいので、その内容が伝わっていたのかもしれない。

ま、ルーツはこれかなという前提で、何故このような潜在能力○%しか使ってない説が広く蔓延して受け入れられたのかということにとても興味がある。

ふと河合隼雄先生が村上春樹氏との対談で言っていたことと関連するのかなと思った。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
河合 隼雄,村上 春樹

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
現代というか、近代は、死ぬということをなるべく考えないで生きることにものすごく集中した、非常に珍しい時代ですね。それは科学・技術の発展によって、人間の「生きる」可能性が急に拡大されたからですね。

もう一つ、社会学の俊英、森真一教授のこの本から

ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書)
ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書)
森 真一

ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書)」(P42-43)
この、近代化と呼ばれる社会変動は、多様な道徳を持つひとびとで社会をつくるという危機をもたらしました。なぜ危機かというと、共通性が欠如しているからです。この危機を近代社会はどのように乗りこえたか。「人格崇拝」というあらたな道徳を生み出すことでによってである、と社会学は考えます。
それぞれのひとが信じる宗教や道徳は違うかもしれない。けれども、それぞれのひとには「神聖不可侵なる人格」がそなわっているという点で、共通している。この共通点をあらたな「道徳」の基盤として、近代社会は登場した。神に代わって人格を神聖なものとして崇拝することで、近代社会はなりたっている、というわけです。

つまり、生きる可能性が急拡大し、かつ人格を神聖不可侵なものとして捉える近代社会で、その神聖なる人格の神聖性を補強するのに「潜在能力」という概念はひじょーーにマッチするんじゃないかと思いませんか?

正しいか正しくないかというところはさておいて、生の可能性の急拡大に直面したときに、その生は神聖不可侵なる人格を生きるということに直結していく訳ですが、そこには「潜在能力」という大きな可能性が眠っているという「神話」が提示されることで人格という現代の信仰が補強されたんじゃないかなと思ったりするわけです。その背景にはニューエイジ的な思想の普及が、関係しているんだろうと思います。で、この潜在能力神話は現在に至ってライフハックや○○力ブームにも繋がってくるわけですね。

最近の○○力ブームうぜーとか思うんですけど、あれは、「個人は能力という可能性の集合体である」という思想がベースにあるような気がします。ちょっと「能力という信仰」についてはまた今度機会があれば考えたいなと思ってますので、今回は割愛。

僕は個人的に、潜在能力なるものをこれっぽっちも信じていないところがありましてですね。極言すると発達とか生育という意味での成長はしてもね、いわゆる能力なるものについて人は成長しないと思ってます。要は傾斜というか。「進歩の影に退歩しつつあるものを」と民俗学の巨人宮本常一は言ったけど、成長だと思っている影には失っているものがあり、それに常に敏感でありたい、といういわゆる東洋的な思想に傾倒しています。ま、これも信仰です。

って後半グダグダに脱線しかけてるんだけど、要するに潜在能力○%信仰は、きっかけはアインシュタインだったかもしれないけれど、実に現代人の信仰にマッチして、一般的に広がりやすい内容の言説だったんじゃないのかなーというお話でした。

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