経堂天祖神社

経堂天祖神社

創建は不明だが、文化文政期(1804~1829)に作成された新編武蔵風土記にすでに伊勢の宮として登場しており、土地の古老の間では永正4年(1507)の創建と伝えられているとのことだが、この年が何を意味するのかはよくわからない。

また、このような伝承が残っていて、当時の神社の統廃合と人々の信仰とのジレンマが伝わってきて面白い。

経堂農大通り商店街-天祖神社
明治の始めの頃、このような話が伝えられています。字神の一つ本村のお稲荷さまを、この「伊勢の宮」にお移しするために、御社殿を移築し、御神体を無事お納めしました翌日の朝のことです。白髪の老翁が、お伴をした人達の家々を訪問して「おのれは“おの”がほえだえていれなんだぞ(私は犬が吠えたので入れなかったぞ)」と言って廻られた。お伴した人達全員が聞いたことがわかって驚いて調べてみると、伊勢の宮の鳥居を入って階段の右のところに三峯社(御使神はお犬様で現在も同じ所に鎮座しております)があることがわかって大騒ぎ、又元の本村にいそいでお宮をお作りしてお祭りしたということです。このお稲荷様は、石臼稲荷と称し、現在も毎年十月二日に例祭をとり行っております。

普通に神社を訪ねてまわってみると結構各所で色々な理由で、当時の神社合祀政策に抵抗するような内容のエピソードがあって、それは直接の抵抗というよりはこういう伝承に仮託していることが多いのは面白いなぁとおもう。

その、お稲荷様の合祀を邪魔したという三峯社
経堂天祖神社三峯社
ワンワン!(笑)

境内の様子
経堂天祖神社

経堂の住宅街の一角で自然に包まれることが出来る小さいけれど閑静な雰囲気の神社でした。

世田谷ライフmagazine―地元セタガヤの暮らしをセンスアップする情報マガジン (No.19(2006Pre‐winter)) (エイムック (1277))
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東京・首都圏おでかけアクセス お寺・神社の散策編 (ユニオン文庫)
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