日本の骨信仰の終わり

色々メモ。
骨シリーズ講演会-01_骨と民俗
地域によっては遺骨を食べたり飲んだり、あるいは噛んだりしていたという例が色々紹介されその上で骨は死というケガレが祓われたあとの姿であるとしている。

骨シリーズ講演会-01_骨と民俗
 死は本来は穢れであり、恐怖でもあります。しかしこれが風葬や火葬などによって白骨化してしまった状態になれば、穢れの感情も変わります。そこにあるものはもう人間ではなく、石灰質の白い固まりです。せめてもの死者の思い出に、その白い骨を身につけようというのは、けっして異常とはいえないでしょう。日本では弥生時代に死者の骨、とくに歯や指などに穴をあけて装飾にした例がありますが、現に沖縄の粟国島では八月踊りの歌に「親ぬたま骨や、糸口抜ちためて、黄金と思うて首にはちゅさ」とあります。親の霊骨を首に下げて、それを黄金のように大事にしようという意味です。そこにはもう、死者への穢れの感情は見当たりません。
 死者に対する愛情は、このようにして死者のものを身につけることで具体的になるのです。かつて大正9年12月20日の読売新聞の随筆欄に、次のような記事がありました。郷里に菩提所がないので、海外生活をして転々としているうち、持参してきた亡父の遺骨が少しずつ砕けて容積が減っていく。砕けすぎた骨は捨てるわけにもいかないので食べてしまう。そのために日本に戻ったときは、骨の量は半分に減っていた、という話です。
 こうした例をみると、私たちは 遺骨について大きな関心を抱きすぎたような気がします。死者への追憶が、冷たい石に名を刻んで、思い出したときお参りに行くばかりではなく、自分の血の中に死者の思い出を生かし続けようとする骨噛みの習俗もあったのです。

確かに、骨には死がまとうケガレというものは無くなって、骨そのものというイメージがあるのだけど、しかし、畏れ忌むものでもあるようにおもう。例えば江戸時代の歌川国芳のこれとかおもしろいよね。
「相馬の古内裏」
相馬の古内裏

骨シリーズ-02_骨と宗教
遺骨信仰は、中世末から江戸時代には、祖師型、権力者型から一般人に及んでくる。すでに中世から高野聖が出て、納骨の習俗が各地に広がっていた。地方ごとに納骨の中心となるお寺が出来た。会津の八葉寺には、遺骨やつめ、髪を納めた木製五輪塔型の納骨器が残っている。庶民が釈迦にあやかって納めてもらうようになった。あらゆる人の遺骨が丁重に扱われ、崇拝されるべきだということになっていく。

納骨の習慣が一般化したことで、墓は先祖代々の還るべき場所でありながら、むき出しの骨は「あるべき場所にない」ことでもあるし、また、魂のヨリシロ的意味合いをもっているということでもあるだろうか?ケガレを祓ったあとの骨に魂が還り、先祖代々の墓で眠る。つまり冥福する。というのが、むき出しであることで出来ないという感じ。

骨シリーズ-02_骨と宗教
8月12日は例年、遺族は1時間かけて御巣鷹山に登山して犠牲者の霊の供養をする。それぞれ墜落現場に卒塔婆が立つ。遺体を捜索したとき、どこにあったかが記録されている。全体を見下ろすところに昇魂之碑という中心的な施設がある。その後ろに、死者の名前を刻んだプレートが立つ。また、ふもとの上野村には慰霊の園という場所がある。事故のとき、遺体の損傷が激しかった。誰のものか判定できない遺骨が123個の骨壷に収め死者の名前を刻んだケースでは、ほかに沖縄の平和の礎もある。
 山の墓標は、墓埋法上の墓ではない。骨はない。しかし、みんなここが本当の墓だという気持ちをもってお参りする。本当の墓は、そこに遺骨があるかどうかなど現代のわれわれには関係ないのかも知れない。そこを注目したい。
平和の礎でも、慰霊の日には碑の前にご馳走を持って家族が集まる。遺骨はないのに、伝統的な亀甲墓に家族が集まり飲食するやりかたが行われる。これは現代の特徴かも知れない。骨より死者の思い出やプレートの名前で結び合う。それが死者とのつながり方であり、現代の宗教感情の特徴といえる。
(中略)
骨をめぐる考え方が揺れ動いている時代だ。宗教と遺骨の関係が変わりつつある。伝統的墓観念、来世観と無縁の近代の家族のプライベート感情が影響していると思う。
 こんな風に、現代は、骨をめぐる観念や習俗の大きな転換期ではないかと思う。

とあるけれど、近年は、魂が戻る場所、という信仰が骨から脳や人格の方へとシフトしているのかもしれない。「コミュニティがまさに壊れるときに、アイデンティティが生まれる」とジグムント・バウマンは書いていたけれどまさにそれで、骨というのは信仰としてはコミュニティと密接に繋がるヨリシロであって、遺骨のありかではなく意識のありか、つまりアイデンティティにこそ、今は人々の魂の行き場としての信仰がシフトしつつあるようにおもう。
冥福も祈らない。おれの中で忌野清志郎は永遠です(泉谷しげる談)
だから、これは現代日本の死生観をもっとも象徴した追悼の言葉であるのかもしれない。

関連エントリー
江戸城にあった霊廟紅葉山東照宮という権力装置
芝東照宮
浄土真宗の布教方法が日本型組織の意思決定のベースになってる説
コミュニティがまさに壊れるときに、アイデンティティが生まれる
人間は脳の○%しか使っていないので凄い潜在能力があるんだ信仰
自然に還る樹木葬が人気なのだそうだ
日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)
日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)
内山 節
「はかなさ」と日本人―「無常」の日本精神史 (平凡社新書 364)
「はかなさ」と日本人―「無常」の日本精神史 (平凡社新書 364)
竹内 整一
コミュニティ 安全と自由の戦場
コミュニティ 安全と自由の戦場

スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連コンテンツ

スポンサーリンク
スポンサーリンク