勤勉革命時の農家の生活

「勤勉革命」を超えて – 池田信夫 blog
イギリスの産業革命では、市場経済によって農村が工業化され、資本集約的な産業が発達したのに対して、日本では同じころ逆に市場が農村に取り込まれ、品質の高い農産物をつくる労働集約的な農業が発達した。二毛作や棚田のように限られた農地で最大限に収量を上げる技術が発達し、長時間労働が日常化した。そのエネルギーになったのは、農村の中で時間と空間を共有し、家族や同胞のために限りなく働く勤勉の倫理だった。

池田先生のこの記事の勤勉革命についての記述なんですが、速水教授の勤勉革命論は、池田先生のより、もっと農民に農家経営に対する主体的な裁量が与えられたことによると書かれているように思います。

仕事と日本人 (ちくま新書)
仕事と日本人 (ちくま新書)
武田 晴人

「仕事と日本人」(P69)「近世日本の経済発展とIndustrious Revolution」引用部分を再引用
江戸時代における家族経営の一般化は、家族を単位として経営の意思決定がなされることを意味する。勿論農繁期における共同労働や、水利・林野の共同利用は残るのであるが、耕耘から収穫に至る農作業の基本過程においては、農民は自身の判断において行動しえた、逆に言えば、通例小農自立と言われている現象は、ただ単に隷属身分からの開放ではなく、農業経営に対して自身が責任を負うシステムの形成を意味する。そして、その農業経営は専ら勤労によって維持・発展するものであった。

また、勤勉革命頃の農業経営はかなりタイムマネジメントということを意識していたということが「仕事と日本人」という本では書かれていて、とても面白いです。

「仕事と日本人(P71)トマス・スミス著「日本社会史における伝統と創造」(P214)引用部分を再引用
徳川時代の農民(にとって)・・・時間は過ぎ去っていく貴重なものと見なされ、その生産的な使い方に大きな道徳的価値が付与された。農民は仕事を調整し、時間の自然的制約を延長するために、きめ細かい努力をした。例えば、早生や晩生を上手に使うこと、畝間作付け、敷き藁を敷いた苗床、即効性の肥料の使用、などの時間節約的方策である。

日本社会史における伝統と創造―工業化の内在的諸要因1750‐1920年 (MINERVA日本史ライブラリー)
日本社会史における伝統と創造―工業化の内在的諸要因1750‐1920年 (MINERVA日本史ライブラリー)
トマス・C. スミス

初期の農書「百姓伝記」には一年を通してすべきこと、一ヶ月、朔日ごとにすべきことなどを春のうちに計画しましょう~という農業の計画性を繰り返し説いた内容でだったと書かれています。今で言うところのライフハック・GTD本的な内容でしょうかね。
勤勉革命時の農家は、課題本位の働き方で、自然のリズムによって与えられた課題をどのように計画性を持ちつつ、各農家単位で、やはり所与の家族構成員だけで労働集約的にこなしていくか?が重視されていたようです。
それは課題を所与のものとして捉え、与えられた状況下で、その所与の課題を解決するために長時間労働を厭わず日常化していっていたということであり、そのモチベーションは確かに池田先生のご指摘通り「家族や同胞のために限りなく働く勤勉の倫理」もあったのかもしれませんが、どちらかというと農家に裁量が与えられ、課題本位であったことの方が勤勉の原動力の要因としては大きく、同胞のためや滅私奉公意識の醸成は明治以降に成立するイエ意識と組織観の融合によるところの方が大きいように思います。
勤勉革命の遺産は同胞への滅私奉公ではなく目の前の条件や課題を所与のものとして受け入れ全力を尽くすそのものずばりの勤勉さの醸成に大きな影響を与えているのではないかなとおもいます。

歴史人口学で見た日本 (文春新書)
歴史人口学で見た日本 (文春新書)
速水 融

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