「社」という語の由来から垣間見る日本人のコミュニティ信仰

古代日本のこころとかたち (角川叢書)
古代日本のこころとかたち (角川叢書)
上田 正昭

古代日本のこころとかたち (角川叢書)」(P225)
そもそも「社」という漢字はもともと耕作神や土地神を意味したが、やがてそれを祭祀する建物を指すようになり、そこが人々の団結のきずなを固める場ともなったので、人間の組織や集団にも、「社」の字が用いられるようになる。

社(ヤシロ)は古くからモリと呼ばれていた。

古代日本のこころとかたち (角川叢書)」(P222)
古代やまと言葉の「モリ」は、朝鮮語の”mori(山)”と同源とみなされているが、古文献にみえる「モリ(母理・文理・茂理)」の本来は自然の樹林を意味し、なんらかの人工が加わった樹林は「ハヤシ(拝志・拝師)」とよんだ。自然林は山にあって「モリ」をなし、里や山麓などには「生やし」た樹林が形づくられる。

ヤシロは屋代という字があてられるが、これはマツリの建物のある場所というのが原義で、その「ヤシロ」には「樹林」があった。このあたりの言葉は一体と言っていいのかもしれない。
つまり、社(モリ)は鎮守の森であり、鎮守の森は「カミとヒトとがまつりを媒介として集いあう寄合の場」であるといえる。

古代日本のこころとかたち (角川叢書)」(P225)
「社」は土地の神、そして土地の神々を中心とするコミュニティーを意味したが故に、「社会」「結社」「会社」などの熟語もまた誕生した。「叢」は草木のむれだが、「社叢」は土地の神のモリであり聖なるコミュニティーのモリでもあった。

「社会」「会社」などはそれぞれsocietyやcompanyが輸入されたときに翻訳用に作られた造語だがおそらくは社という語が持つコミュニティの意味をあてたものなのだろう。
鎮守の森信仰は山岳信仰から生まれている訳なのだけど、「照葉樹林文化とは何か―東アジアの森が生み出した文明」(→「「照葉樹林文化とは何か―東アジアの森が生み出した文明」佐々木 高明 著」)によると照葉樹林文化と目される中国南部、東南アジア、西日本にかけての一帯に共通する信仰が山岳信仰なのだそうだ。もちろん原ユダヤ教もシナイ山を中心とする山岳信仰なので照葉樹林一帯に限られる訳ではないが、照葉樹林という鬱蒼と繁り、かつ涵養機能に富んだ植生が信仰に影響は与えている可能性は多いにある。
照葉樹林文化とは何か―東アジアの森が生み出した文明 (中公新書)
照葉樹林文化とは何か―東アジアの森が生み出した文明 (中公新書)
佐々木 高明
で、西日本一帯と書いたように最初から日本全体としてそうだったわけではないだろう。山岳信仰から森・樹林への信仰へ、そしてその信仰を背景としたコミュニティに価値を置く思考がこれまでの歴史の中で(特に江戸期の農村かな)に醸成され、明治維新・第二次大戦後のここ100年に均一社会であろうとする方向へと突き進んできたことで日本中に広く浸透してきた。
「社」という語だから、という訳ではなく、「コミュニティやコミュニケーションの場が信仰の対象」という文化を持っていた背景があっての日本の「社」会性というところを考えていくと、なぜこれほど現代の日本人が組織や集団に身を預け、埋没し、依存し、熱中するのかの一端が垣間見えないかな?と思ったりしています。
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