「アテネの学堂」とは時代の知の多様性を描くことですよ

アテナイ(アテネ)の学堂

ルネサンス期イタリアの画家、ラファエロ・サンティは時のローマ教皇ユリウス2世の依頼でローマ教皇庁内にある執務室「署名の間」の壁面にこの「アテナイの学堂」という絵画を描きました。ルネサンス期を代表する最高傑作の一枚と目されるこの絵画は、当時27歳の若き俊英ラファエロがローマ教皇庁内の四つの壁面にそれぞれ「神学」「法学」「詩学」「哲学」テーマに描いたもの一枚で、「哲学」をあらわすためにギリシア哲学者たちを一同に会したこの「アテナイの学堂」を描きました。
実はこの作品、当時の知識人をギリシアの哲人に模したことでも有名でレオナルド・ダ・ヴィンチはプラトン、ミケランジェロはヘラクレイトス、サン・ピエトロ大聖堂の建築主任だったブラマンテはユークリッドなどに模して描かれ、さらにラファエロ自身も書き込まれているといわれています。
ラファエロは死に際してこう言い残したと言います。
「我らの時代こそ、かつて最も偉大だった古代ギリシャの時代と肩を並べるほど素晴らしい時代なのだ」
同時代の様々な知識人をギリシアの哲人に模して描きあげたこの大作は、長い暗黒時代が開けて、多様な文化が花開いたルネサンス期という時代そのものの矜持と多様性の具現化であり、ラファエロの自信と確信に裏打ちされているがゆえに傑作たりえている作品であるように思われます。

梅田氏と「アテネの学堂」 – Tech Mom from Silicon Valley
繰り返すが、ネットは天下の公道で、そういう人たちだけのものじゃない。サブカルにもEコマースにもどんどん使われて大歓迎だけれど、この「アテネの学堂」の世界に限って言えば、「知的エリート」だけの世界である。すぐにメシのタネになるわけでもないのに、へとへとになるほどの頭脳エネルギーを絞って、知の形成過程に参加することに甘美な楽しみを見出せるような類の人だけの世界である。

原義である「アテネの学堂」が知の多様性を象徴した作品そのもののことであるがゆえに、海部さんが書いた「アテネの学堂」という譬えは、少し矮小化されているのではないだろうか?と思います。「知的エリート」だけの世界をアテネの学堂として表わしたのではなく、同時代に登場した様々な知を、数百年単位で次々と登場した様々な哲人に模したのが「アテネの学堂」であり、選ばれた人たちの世界のことではないでしょう。
例えば、上記の絵の中央付近、プラトンとアリストテレスが威厳たっぷりに立ち、周囲を様々な哲人たちが喧々諤々の議論を戦わせている中で、階段上でやる気なさげに寝転がっているのは犬儒派のディオゲネス。

ディオゲネス (犬儒学派) – Wikipedia
知識や教養を無用のものとし、音楽・天文学・論理学をさげすんだ。プラトンのイデア論に反対し、「僕には『机そのもの』というのは見えないね」と言った。プラトンは「それは君に見る目がないからだ」と言い返した。プラトンは、ディオゲネスはどういう人かと聞かれて「狂ったソクラテスだ」と評した。

そのほか、裸で暮らした、樽の中で生活した、路上で自慰をしたなどなどローブロウ(笑)なエピソードに事欠かない彼もまたアテネの学堂の住人であり、しかも作品では主要な位置を占めている訳です。
ハイブローもローブローも関係ない玉石混交な知の多様さはWEB上、非WEB上を問わずすでに現出されており、ルネサンス時代や古代ギリシア時代と違うのは知の象徴が特定の個人として現われるのではなく、有名無名、地位、立場を問わぬ多くの人々の間に現われているということでしょう。そういう意味ではかつてないほどに多様な時代であると思います。
ま、知のサロンに閉じこもるのも楽しいでしょうし、好きにすればいいとは思いますけど、「知的エリート」が行うべきは「選ばれた者たちの元老院」を開くことではなく、すでに現出されている現代の知を体系化し具体化するという新たな「アテネの学堂」という時代の多様性を象徴する絵を描き出すことなんじゃないんですかね。
最後に、ディオゲネスの有名なエピソード。アレクサンドロス大王が供の者らを引き連れて、日向ぼっこをしているディオゲネスを訪ね、何か希望はあるか?と問いかけました。それに対してディオゲネスはこう答えます。
「そこに立ってると日陰になって邪魔だからどいてくれよ」
帰途、アレクサンドロス大王はこう嘆息しました。
「私がもしアレクサンドロスでなかったらディオゲネスになりたい」
アレクサンドロス大王に向かって・・・そこにしびれるあこがれる。「知的エリート」の人たちもディオゲネスにこう言われないようにしましょうね。
「そこに立ってると日陰になって邪魔だからどいてくれよ」
参考
・美の巨人たち 「ラファエロ・サンツィオ アテネの学堂」
アテナイの学堂 – Wikipedia
ラファエロ・サンティ – Wikipedia
ディオゲネス (犬儒学派) – Wikipedia
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