国道246号沿いにある道祖神の墓場

三軒茶屋付近に行った際、246号線沿い、環状七号線との交差点に程近いあたりにある閉鎖された空地にかつて各地の路傍に立っていたであろう道標、庚申塔、道祖神像が無造作に集められているのを見かけました。

江戸時代、相模国(現在の神奈川県)にある大山は山容が富士山に似て美しいことから山岳信仰の対象になっていました。大山へと至る街道が各地で整備され、江戸も赤坂門付近から足柄へと延びる矢倉沢往還は大山道と名を変え、多くの旅人が大山へと歩いていました。当時、街道のいたるところに道標として、あるいは信仰の対象として庚申塔(庚申信仰に基づく石像)や道祖神など様々な石像が立ち人々は旅の安全を祈願していたと伝えられています。

高度成長期以降、1965年頃より大山道は国道246号として整備が進められ、現在の姿へと変わっていきますが、大山道沿いに点在していた道標や庚申塔は極少数が街道に残る以外はある者は周辺の神社や寺院へ、ある者は郷土資料館などへ移動させられ、あるいは壊されたものもあるかもしれません。

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閉鎖された3~4メートル四方ぐらいの敷地に神社によくある石碑を中心として壁沿いに四方を取り囲むように、かつては道行く人々の信仰を受けた様々な石像が無造作に置かれていて、ちょっとなんとも言えない思いに駆られた。

元々路傍に立ち人々の思いを受け止めながら朽ちて行く役割だとしても、せめてなんらか博物館なり資料館なり公園なり然るべきところで管理してあげることはできないのだろうか?地域の人がなんらか世話をしているのかもしれないけれど、道端に立つことなくただ野ざらしになっている様子はちょっと切ないものがある。

こういう道標・石像群は溢れているだけに「歴史的価値」は無いのだろうけれど、しかし、過去の人々は特別な思いをこの石像たちに抱いていたわけで、そのかつての人々の思いを大事にすることが本当に大事なことなんじゃないのかなーと思います。例えば神社や公園などの片隅に移設されひっそりとあるのを見つけるとちょっと嬉しくなる経験を何度となくしているので、そういう形ででも世田谷区の偉い方にご配慮いただけないかな・・・ということを書いてみる。

場所はこのあたりです。

参考サイト
大山 (神奈川県) – Wikipedia
矢倉沢往還 – Wikipedia
国道246号 – Wikipedia
道祖神 – Wikipedia
庚申塔 – Wikipedia

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