日本の『クソ労働環境』成立の歴史的背景と諸悪の根源

人類史上何度も起きた、クソ労働環境の劇的な改善の原因 – 分裂勘違い君劇場
ふろむだ先生のエントリーには乗っかるのがブロガーの務め(笑)かどうかは知りませんがとりあえず乗っかっておきます。基本的にふろむださんが書いておられるような経済成長と雇用創出が『クソ労働環境』改善の有効な処方箋という趣旨には異論ないところではありますが、少しこの『クソ労働環境』の構造について簡単にまとめておこうかなと思います。
まぁ、『クソ労働環境』という言い方はあまり好みではないんですけど、まぁセンセーショナルだし通りが良さそうなので一応・・・
■第二次大戦後の劇的労働環境改善
世界の歴史上最も劇的に『クソ労働環境』が変わったのはやはり第二次世界大戦後の経済成長期でしょう。教科書的なおさらいをしておくと、18世紀の市民革命によって契約自由の原則に基づいた雇用契約という概念が生まれますが、いくら個人の自由な意思に基づいてという建前であっても、個人は労働力を提供しないと生活出来ないので労働契約は実質雇用者側の一方的な契約となり、奴隷的な労働が横行。日本でも炭鉱労働とか女工哀史とかで有名な休憩なし一日十数時間連続労働でなけなしの給料もピンハネされ女子供から次々と死んでいくという悲惨なエピソードにこと欠かない時代のことです。
しかし、さすがにそれは過酷だよねということで欧州を中心に労働者を集団的に保護する趣旨で労働法が次々成立。団結権とか集団的交渉権などはいずれも19世紀末から20世紀初頭に成立していきました。とは言えこれで劇的に改善したという訳ではなく、第二次世界大戦後の経済成長期を待たなければなりませんでした。
戦後圧倒的な生産力を持っていた米国のドルを金と並ぶ基軸通貨とするブレトンウッズ体制下で西側諸国は劇的な経済成長を達成。その背景にはケインズが提唱した政府による積極的な市場介入と完全雇用の達成により国民の購買力を引き上げる経済政策が大きく影響しました。
で、何が当時の『クソ労働環境』の劇的な改善につながったかというと、水町先生の「労働法 第2版」から。

労働法 第2版」(P19)
労働法や社会保障法などによる社会的保護の充実(賃金の引上げ、社会保障の充実など)によって国民の購買力が引き上げられると、消費が拡大し投資が刺激されて総需要の拡大や生産性の上昇(経済成長)につながる。この経済成長の成果が社会的保護の充実という形で再び労働者に分配・還元され、さらなる消費拡大・経済成長がもたらされる。
このように戦後の経済成長期には、労働法や社会保障法などによる社会的保護と経済成長とが有機的に結びつく形で国の社会と経済が発展していくという「黄金の循環」が、先進諸国の間にある程度共通する現象としてみられたのである。

労働法 第2版
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さらに詳しくは以前書いた記事を→15分でわかる労働法の歴史

■諸悪の根源、日本特有の雇用契約
日本でも当然労働基準法(1947年成立)など労働法関連法が急ピッチで整備され、たとえば強制労働の禁止(労働基準法第五条)中間搾取の排除(同第六条)など旧弊が次々と禁止されるとともに、労働組合法(1945年成立49年大幅改正)、労働者災害補償保険法、職業安定法(1947年成立)等が続々成立して『クソ労働環境』は劇的に改善しました。
しかし、カローシ(過労死)が世界的に知られるなど日本の労働環境は諸外国と比べるとかなりよろしくない。その原因はこの輝ける『黄金の循環』期(=高度経済成長期)にありました。
結論から言うと諸悪の根源は、日本特有の雇用契約にあります。
おなじみhamachanこと濱口桂一郎氏の著書「新しい労働社会―雇用システムの再構築へ」でも指摘されていることですが、海外の雇用契約は職務(ジョブ)を単位として締結されるのに対し、日本のそれは会社の中にある職務(ジョブ)を切り出さずに、会社に所属することそのものを雇用契約にするのが特徴となっています。これを濱口氏はメンバーシップ型雇用契約と呼んでいます。

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職務を限定せず会社に所属することそのものを雇用契約とするそのやり方は社内で不足した職務があれば即座に配置しOJTによって教育、戦力化できるため、終身雇用制度下で実に有効に作用しました。高度経済成長下では企業は次々と親子会社が出来、いわゆる系列間での異動、出向も出来るようになり外部の労働市場に頼らずとも内部に労働市場を作りあげました。いわゆる日本型雇用システムというのがそれです。
■ムラ社会化を加速させる日本型雇用システム
折りしも日本の高度経済成長期は地方の村々が解体され少数の大都市圏へと大規模な人口移動が起きた時期でもあります。旧来の地域、家族のコミュニティが解体され、人々のよりどころとなる共同体は会社がその役割を担うことになります。職務だけで一時的につながる関係ではなく、メンバーとしてその労働者そのものが会社に所属し、しかも終身雇用する訳ですから、より濃密な関係となるのはあきらかでした。
コミュニティという視点で言うならば、会社は生産のコミュニティ、家族は生活のコミュニティと言えます。この二つはベクトルでいうと正反対に位置するものですが、高度経済成長期は生活のコミュニティは地方からの上京組や核家族という最小化されたものとなり、逆に会社は一日のほとんどを費やすことになり極大化されていきました。このいびつな関係を結びつけたのが「奇跡的な経済成長」という接着剤で、ほかのあらゆるコミュニティを最低限のものとして会社の生産活動に人生を捧げていれば、結果として収入は数倍になり人生最後まで面倒を見てくれたのです。高度経済成長期には社葬はもちろん会社専用墓地などそれこそ死後も面倒をみてくれた会社も多くあったといいます(→日本の多くの会社で宗教行為が行われていたのは何故か?)。そのころの名残か、労災で死亡した人の葬儀代や埋葬の費用に関する給付は会社が受け取り人になることも出来ますしね。
千葉大学の法経済学教授広井良典氏は著書「コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来」で高度経済成長期の様子をこう表現しました。

「コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来」(P16)
戦後の日本社会とは”農村から都市への人口大移動”の歴史といえるが、農村から都市に移った人々は、カイシャと核家族という”都市の中の農村(ムラ社会)”を作っていったといえる。

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5 タイムリーなテーマ

さて、雇用契約は労働者が労務を提供し、使用者が賃金を支払うことで成立する・・・はずですが、その雇用契約に付随して使用者には企業秩序定立権、懲戒権、あるいは人事権など様々な権利が発生し労働者はそれに従う義務が生まれます。この労務と賃金の関係に付随して使用者に発生する各種権利の理論的根拠は実は定まっていないらしく、使用者であるがゆえに当然発生するとする固有説と労働契約に基づいて発生する契約説とに二分されているのだそうです。使用者に発生する広範な権利は日本の労働契約の実態が「会社という共同体への人的帰属関係との性格が強い」(水町「労働法」P154より)つまり、労働者は使用者の指揮命令に従うことで会社という共同体に所属する権利が与えられるというところにあると言ってよいのではないかと思います。
で、このメンバーシップ型雇用契約は大企業だけじゃなく中小企業でも適用されてるというのが日本全国『クソ労働環境』(って久しぶりに使った気がする)だらけにしている元凶のひとつで、当然、高度経済成長期でも、中小企業は終身雇用、年功賃金、企業別組合の三つを特徴とする日本型雇用システムを取っていたのは大企業だけで、中小企業は労働者を買うにふさわしい待遇を与えられていたかというとそうでは無いようです。逆に解雇規制といいつつも比較的自由に解雇したり、転職したり流動的な状況だったということですね。
■日本の雇用契約と古代ローマの奴隷契約
長々と説明してきましたけど、つまり日本の雇用契約は、奇跡的な時代の名残で、仕事じゃなく労働者そのものを買う制度になっているということですね。超経済成長社会特化型雇用契約モデルというか。そういう意味では民法の雇用契約概念はローマ法の奴隷契約をベースに出来たのは有名な話ですが、その原点にとっても近い由緒正しい形態かもしれない・・・というのはちょっと言いすぎですか。
メンバーシップ型雇用契約にはもちろん利点も一杯あるのですが、残念ながら現状では功より罪の方が強まってきているように思えます。ただ一律に禁止するべきではなく、メンバーシップ型雇用契約が向いている職種も沢山あるので並存した多様性の担保が重要なのだと思います。
・・・経済の黄金時代ははるか昔に終わり、バブルという一瞬の打ち上げ花火が上がった後に残ったのは20年に渡る超長期不況と、会社をムラ社会的コミュニティ化することが出来る独特の雇用契約システム、ムラ社会化し閉鎖空間となっている既存の企業群が打ち捨てられているというのが現状でしょうか。
以上、専門家から見るといろいろアレかもしれないですが、そこは色々ツッコミいただければ嬉しいです。じゃーどうするのがいいだろうか案については実は半分ぐらいは書いたんですが、適切な内容かどうかまだ自信が無いので今回は割愛、ってそこが重要だろという話もあるけど。よく精査してできれば近いうちにアップできればと思いますが、お蔵入りにするかもです。とりあえず近々ということで。
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