尾山台の宇佐神社と八幡塚古墳

20091020_1112158
世田谷区尾山台にあるこの宇佐神社は世田谷区で最も南に位置する神社です。

宇佐神社拝殿
尾山台宇佐神社

永承六年(一〇五一)、奥州安部氏が反乱を起こした前九年の役の鎮圧のために出陣した源頼義が道中、この地に陣を張り戦勝を祈願、乱の平定後の康平五年(一〇六三)にここに八幡社を創建したのが始まりと伝えられていますが、源氏一族が由緒として伝えられているのは特に世田谷区の神社ではよく見かけます。例えばこの神社と同じく前九年の役での源頼義・義家親子が由緒に登場するものというと「駒繁神社」「太子堂八幡神社」「世田谷八幡宮」など。しかし、どれも伝説に近く信憑性はいまひとつ薄いとところではあります。

この宇佐神社の場合は源頼義というよりは、神社の後ろにある八幡塚古墳が古くから信仰の対象になっていて自然と神社が建てられ、後付で源氏関連の伝承が付け加えられたのではないかなぁと思います。

尾山台宇佐神社

この拝殿の背後に広がるのが八幡塚古墳。境内の脇からのびる細い道を往くと八幡塚古墳と刻まれた石碑と古墳へと上る階段が登場しますが、現在は立ち入り禁止となっています。

八幡塚古墳

大田区田園調布から世田谷区尾山台、等々力、野毛の広範囲に広がる古墳群を荏原台古墳群と呼びます。この八幡塚古墳は五世紀後半から六世紀にかけてのものと推測されているとのこと。現在の東京都市大学(旧武蔵工業大学)世田谷キャンパス付近を流れる六郷用水に沿ってかつては湧水が湧き、水田などもあって古代の人々が生活していました。その首長の墓であろうとのこと。径約30m、高さ約4.5mの円墳で直刀、槍鉋、石製模造品、袴帯金具、土師器等が出土しています。

八幡塚古墳

立ち入り禁止区域の外から撮影だけしてきました。古墳の頂上にはなんらか拝殿が設けられているようですね。
散歩してみると古代の古墳が後に神社仏閣等になっている例を数多く見かけますが、この古墳から神社へと変わる経過はとても興味深いのでそのうち調べてみたいなぁと思います。

参考サイト
東京都神社庁 宇佐神社
世田谷 玉川村名所物語 : 宇佐神社・八幡塚古墳
・東京都世田谷区八幡塚古墳

東京の古墳を考える
東京の古墳を考える
posted with amazlet at 09.10.21
坂誥 秀一
雄山閣
売り上げランキング: 921922
関東古墳散歩―エリア別徹底ガイド
三橋 浩 相原 精次
彩流社
売り上げランキング: 289947
スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連コンテンツ

スポンサーリンク
スポンサーリンク