インドの宗教暴動は社会の緩やかな紐帯によって抑止される

小川忠著「原理主義とは何か―アメリカ、中東から日本まで (講談社現代新書)」に面白い研究結果が紹介されていた。

インドの宗教暴動について研究している米国ミシガン大学南アジア研究センター長のアシュトシュ・ヴァルシュネイ氏によると、インドの宗教暴動は地域的にばらつきが有り、28ある州のうちアンドラ・プラテシュ、ビハール、グジャラート、マハラシュトラ、ラジャスタン、ウッタル・プラデシュの6州で暴動が頻発し、他の州では大したことがなく、さらに宗教暴動は農村ではなく都市で発生している。また、過去70年間の統計結果を見ると死者数の半分が全人口の5.5%に過ぎない8都市(アーメダバード、ボンベイ、バローダ、アリガル、メルート、デリー、カルカッタ、ハイデラバード)に集中していることがわかった。都市の中でも古くからある都市ではなく、急速に開発された都市や新興住宅地において「宗教」暴動が発生する傾向にあるということだ。

(P261)
ヴァルシュネイ氏は、「ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の市民的結びつきが強いところで暴動は抑えられ、そうでないところでは暴動が多発する。そして異なる宗教徒間の市民的結びつきは紛争防止機能を持っている」と分析している。

また、当事者からの証言を分析した結果、「宗教」暴動には匿名性があることがわかったという。顔見知りにやられたという証言は少なく、ほとんどが「見知らぬ」暴徒がどこからかやってきて襲ってきたということだそうだ。

(P261)
つまり、お互いに相手を知っているということ、相互理解は暴力の発生を防ぐのである。二人の人間をつなぐ相互理解のネットワークは一つである。三人がそれぞれを直接知るために必要なネットワークは三つ、四人の場合は六つ必要になる。都市が大きくなるほどに社会の構成員がお互いを知るために必要となるネットワークの数は加速度的に増えていく。伝統的な人間関係が希薄な都市には見知らぬ「他者」が多数存在するようになり、暴力抑止機能は低下する。

ヴァルシュネイ氏は市民的結びつきを以下二つに分類する。
「社会的関与」商業組合、読書会、同好会、NGOなど
「日常的関与」家族ぐるみのつきあいや祭祀への参加など
特に「社会的関与」がより宗教暴動の抑止機能が強く、このヴァルシュネイ氏の研究結果に基づいて「社会的関与」を強化する動きがインド社会で特に地域社会や市民団体のイニシアチブの元に徐々に広がっているという。

というように、昨今特に研究が進んでいるソーシャル・キャピタルの重要性がこのような宗教暴動対策としても指摘されていて、非常に興味深かった。

ソーシャル・キャピタルはさまざまな分類があるが、日本大学の稲葉陽二教授は「社会における心の外部性を伴った信頼・互酬性の規範・絆(ネットワーク)がソーシャルキャピタルである」と定義し、社会全般における信頼・規範としての「公共財」、個人間ないしは組織間のネットワークである「私的財」、ある特定のグループ内における信頼・規範である「クラブ財」の三つに分類される、という。

概ね、これまでの日本社会は、個人間・組織間の結びつきである「私的財」はとても希薄だったが、安定した社会全般における信頼と規範意識=「公共財」と、個々の企業や集団など特定のグループ内の信頼関係・規範意識=「クラブ財」の二つのソーシャル・キャピタルの強さが社会を支えていた一因だと思うのだけれど、公共財としての信頼が揺らぎ、クラブ財の強さが逆に個々の集団の閉鎖性を招いて、実情以上に人々が閉塞感を感じてしまっているということなのではないかと思う。

そこで、インド社会が宗教暴動対策として「社会的関与」つまり「私的財」の強化を進めているように、今後はこれまで希薄であった個人間ないしは組織間のネットワークの強化が、特に重要になってくる。

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