米国キリスト教社会の4つの戦争観

蓮見博昭著「宗教に揺れるアメリカ」によると、戦争に対するキリスト教徒の態度は以下の四つに大別出来るという。(以下同書P168~171よりまとめ)

(1)(絶対)平和主義(Pacifism)
あらゆる戦争を否定し、これに反対し、参加・協力することを拒否する立場で旧約聖書の「殺してはならない」(「出エジプト記」20章13、「申命記」5章17)や新約聖書の「平和を実現する人は幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」(「マタイによる福音書」5章9)などを根拠に発生してきた考え方で無抵抗主義もここから派生してきた。
(2)正戦論(Just war theory)
「正戦論」は戦争には正しいものと正しくないものがあり、正しい戦争には積極的に協力しようという考え方で新約聖書の「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」(「マルコによる福音書」12章17)というイエスの言葉や、同じく新約聖書「権威者はいたずらに剣を帯びているのではなく、神に仕える者として、悪を行う者に怒りをもって報いるのです。」「ローマの信徒への手紙」13章4)などから発生している。
(3)十字軍主義(Crusade doctrine)
「十字軍主義」はキリスト教ないし教会を否定・弾圧するなど、大きな悪影響を与えるものに対し、積極的に戦争を仕掛け、それを排除していこうとする態度のこと。聖戦論とも言う。新約聖書のイエスが神殿から商人を力づくで追い出したエピソード(ヨハネによる福音書2章14-16)がその根拠として用いられてきた。
(4)二王国説(Separation of Kingdoms)
肉体と霊魂の領域を区別し、キリスト教会が人間の魂の救済を行い、人間の肉体が戦争に参加することを事実上容認する考え方で、主流派教会では大勢を占める。上記の「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」がやはり根拠となっている。従軍牧師の派遣などはその例である。

■四つの戦争観が成立するまで
二世紀~三世紀ごろの初期キリスト教会は平和主義を守っていたが、四世紀に入ってキリスト教がローマ帝国の国教の地位を得ると、ゲルマン民族の侵入など外的要因もあり、どうしてもキリスト教徒が戦争に出ることが現実問題として発生してくる中で、無制限に戦闘行為を認めるのではなく、キリスト教の教義の中で戦争を位置づける正戦論が聖職者たちの間で議論されるようになり、アウグスティヌスやトマス・アクィナスらが様々な定義を試みた。
その後、中世に入るとイスラム教徒により聖地パレスティナが占領され、その奪還のため十字軍が幾度となく派兵。その中で十字軍主義が勃興し、十字軍主義が中心的な思想になっていく。二王国説は1525年、マルティン・ルターがドイツ農民戦争で市民・貴族の側につき平和な抵抗を訴え、農民の武力鎮圧を支持したことに端を発し、現代では主流派(全米キリスト教会協議会:NCCに属する諸会)にこの説が多い。
その後、1970年代までアメリカでは十字軍主義を背景としてアメリカの戦争を肯定する考え方が主流だったが、ベトナム戦争の反省から正戦論が再検討されるようになり、現在は正戦論が主流の考え方となっている。しかし十字軍主義も根強く人々の意識の中にある。
■十字軍主義と政治
現代でも、宗教保守派や原理主義勢力の指導者らは神に選ばれたアメリカの戦争はすべて正しいとして聖戦を叫んでいる者が多い。ジョージ・W・ブッシュ大統領が2001年「テロリズムに対抗する十字軍」という表現を使い物議を醸した。
また、サタン陣営を滅ぼしキリストの再臨を招くというような前千年王国思想やハルマゲドン思想などと結びついて非キリスト教世界への侵略戦争を肯定する場合も少なからずある。1950年代から盛り上がった反共十字軍運動や、あるいは原理主義的な思想に傾倒した政府関係者の例もある。
近年、ロナルド・レーガン大統領は「ハルマゲドンを世界最終核戦争に結びつけ、その必然性を信じるキリスト教原理主義的解釈を少なくとも一九八六年まで受け入れていた」(「宗教に揺れるアメリカ」P139)という調査結果があり、また、1984年に「レーガン大統領は、世界最終戦争(ハルマゲドン)が自分たちの時代に中東で起こる可能性ありと信じていることに、過去四年間のうち少なくとも五回言及した」とワシントン・ポストが報じていたとのこと。
ただ、レーガン自身はあまり熱心なキリスト教信者では無かったことが知られており、本人の信仰と言うよりは支持母体の影響ではないかとも思われる。当時、レーガンの支持母体はモラル・マジョリティーという団体を中心とした急進的なキリスト教保守派勢力で、同組織は70~80年代を中心に影響力を誇ったが、急進的すぎたため徐々に人々の支持を失い、上記の1986年頃、事実上解散状態になっていた(「アメリカの宗教右派」P124-126)という。
当時、対ソ戦略における核兵器等軍備増強の背景にハルマゲドン思想や十字軍主義が少なからず影響していたと考えられている。
十字軍主義は主流ではないが、時折現れるアメリカの極端な側面の一つと言えるだろう。
■正戦論とは何か
正戦論を確立した代表的な人物が13世紀の神学者トマス・アクィナスで、彼は聖書やアウグスティヌスら先人を受け継いで正戦の三条件と、為政者が正しい戦争かどうかを決断するための六つの「規範的分別」を定義付けた。(以下「宗教に揺れるアメリカ」P176-177)

正戦の三条件
(1)為政者は宣戦を布告する権威をもっていなければならない
(2)危害が加えられたことに対する報復・反発など戦争を始める正しい原因がなければならない
(3)何らかの善を促進する、悪を避けるなど、正しい意図をもっていなければならない
為政者が正しい戦争かどうかを決断するための六つの「規範的分別」
(1)将来について判断を下す場合、過去についての知識が決定的に必要とされるので、分別ある為政者は、歴史を研究し、過去の出来事を正しく充分に想起できなければならない。
(2)特定の状況を適用可能な道徳的原則に結びつけられるようにするため、知性と直感的洞察力が規範的分別に関係することが重要である。
(3)人間の思考は誤りやすいので、他の人々の意見を積極的に求め、その批判に心を開いていなければならない。
(4)自らの行動の結果に注意を払い、特定の状況が道徳的原則の適用可能性にどのように影響するかを見定める先見性をもたねばならない。
(5)この世には悪が存在することを認識し、悪のとらえがたい魅力に注意し、判断の正しさについて絶対視することに懐疑的である必要がある。
(6)緊急事態において優柔不断を避け、正しい判断ができる鋭敏さを養っておかねばならない。

これらは正戦論の精神的支柱となる考え方となっている。
正戦論が注目を集めるようになったのは、上記の通り、ベトナム戦争以降のことで、宗教家、政治学者、ジャーナリストらがさまざまな形で戦争のあるべき姿や、これまでのアメリカの戦争について論じ、例えば政治哲学者のジョン・ロールズは著書の中で広島・長崎への原爆投下を正しい戦争のあり方から道徳的に逸脱したものとして激しく批判をしている。その後、90年代には「正戦論」に関する書籍がベストセラーになるなどアメリカ社会で正戦論は主流の考え方になっていった。
91年、湾岸戦争の最中にギャラップ世論調査所は「アウグスティヌスその他の神学者たちが打ち出した正しい戦争に関する歴史的基準六項目」を示して調査を行った。その六項目に一つ足して七つの項目が概ねアメリカ社会の現代の正戦論の基準とみることが出来る。それは以下の七項目。

(1)軍事行動による利益の程度がその原因となった危害の程度を明らかに上回っていること
(2)非戦闘員の殺傷をできる限り避けること
(3)軍事行動は最後の手段として使われねばならないこと
(4)軍事行動は成功する可能性が高いこと
(5)責任ある権威によって行われねばならないこと
(6)軍事行動をとるべき道徳的理由があること
(7)平和を回復するという目標を明示しなければならないこと

これらの基準を明示してアメリカの歴代の主な戦争について正戦と思うか?という91年の調査の結果について「宗教に揺れるアメリカ」で紹介されている。正戦と思う順に第二次大戦89%、第一次対戦76%、アメリカ独立戦争75%、湾岸戦争74%、南北戦争70%、朝鮮戦争49%、ベトナム戦争25%だったという。今やると湾岸戦争はもっと低くなるのかもしれない。
このようなキリスト教社会の血肉となってきた戦争観と、過去に行われてきた、あるいは今まさに行われている戦争の現実、さらにキリスト教的価値観に裏付けられた民主主義を広める使命を背負った(と多くの信者が信じている)アメリカとしての自負などの矛盾の中で、特に非戦闘員と戦闘員との区別がつきにくい、終わりが見えない、などといった既存の正戦論の基準に必ずしも合致しない対テロ戦争をどのように正戦論の中に位置づけて行くのか、が今アメリカが直面している課題であり、このような四つの戦争観がアメリカの戦争を時に掣肘し、あるいは拍車をかけているのだろう。
ざっくりとですが調べてみてとても参考になったのでまとめでした。
参考書籍

宗教に揺れるアメリカ―民主政治の背後にあるもの
蓮見 博昭
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おすすめ度の平均: 4.0

5 アメリカの政治と宗教の関係を概観する入門書として最高
3 入門書としてはお勧めします

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5 知られていないアメリカ
5 アメリカは宗教が作った?
4 アメリカと「宗教」
4 アメリカ現代史に新たな視点を提供してくれる
4 IN GOD WE TRUST!!―信心深きアメリカ人の政治と宗教―

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参考サイト
マルティン・ルター – Wikipedia
トマス・アクィナス – Wikipedia
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