芥川龍之介が見たドッペルゲンガーの姿について

芥川龍之介の短編に「二つの手紙」という異色の作品がある。大学教師佐々木信一郎を名乗る男が自身と自身の妻の”ドッペルゲンゲル”を三度も目撃し、その混乱と苦悩を警察署長に宛てて送った二通の手紙が紹介されるという形式の短編だ。

青空文庫 芥川龍之介 二つの手紙

ドッペルゲンガーの登場で精神的に追い詰められて行く様子が実にリアルに描かれていて実に面白く、そして恐ろしい傑作だが、そのリアルさは、芥川にとって実体験であるからかもしれない。実は芥川龍之介自身もドッペルゲンガーを目撃していたという記録がある。

河合隼雄著「コンプレックス (岩波新書)」(P51)
芥川はある座談会で、ドッペルゲンガーの経験があるかとの問いに対して、「あります。私は二重人格は一度は帝劇に、一度は銀座に現れました」と答え、錯覚か人違いではないかとの問いに対しては、「そういって了えば一番解決がつき易いですがね、なかなかそう言い切れない事があるのです」といっている。

また、実は三島由紀夫もドッペルゲンガーを見ていた可能性がある。ロールシャッハ・テストを受けたときに彼はこう答えたと言う。

「ドッペルゲンゲルみたいで、チョウチョウを中にして、対決し対峙しているというような・・・」(前掲書P51)

三島の場合は言及しただけなので、単に関心があっただけかもしれないが、奇しくも二人とも最後は自殺を遂げた。

ドッペルゲンガー(自己像幻視)は実際に起こり得るものの、そのメカニズムには諸説あり未だ明らかになっていない現象の一つで、しばしばオカルトと結びつけられ、見たものは死ぬ、などという都市伝説につながってきた。

一つには脳の側頭葉と頭頂葉の境界領域(側頭頭頂接合部)に脳腫瘍ができた患者が自己像幻視を見るケースが多いという報告や、やはり同領域に刺激を与えられた場合に「もう一人の自分」が存在するかのように錯覚することがあると言われているが、そうではないケースもあり仮説の域を出ないという。(ドッペルゲンガー – Wikipedia

コンプレックスという概念を使って以下のようにも考えられる。

現代では一般的に劣等感という意味で使われるコンプレックスだが、そもそもは「感情によって色付けされた心的複合体(feeling-toned complex)」と呼ばれる、「無意識内に存在して、何らかの感情によって結ばれている心的内容の集まり」(河合隼雄「ユング心理学入門」P68)のことだ。なんらかその心的複合体に外部から刺激を与えられることによって無意識下から意識上にその一群が姿を現し、意識の制御を超えて活動する。普段自信満々だが、犬を見ると極端に怯えてしまう、など。

その心的複合体の最も主流なものが自我で、通常は自我を中心に一つの自己として統合が取れているものであり、コンプレックスと言ってもさほど支障がない表れ方をする程度だが、自我以外の心的複合体の存在が大きくなり、自我と連続性を持たなくなってくることが、例えば解離性同一性障害(多重人格)になんらか関連があるかもしれない(このあたりは医学的知識が乏しいのであくまで推定です)。

自我が連続している状態で、なんらかの理由によりもう一つの心的複合体が自我と同程度に活動を始め、それが自己像という形で目の前に現れる現象と考えることができるのではないか。その時、自我は、自我と同じ姿をしたもう一つの人格に取って代わられる危機にあり、それゆえにドッペルゲンガーは「死の予感」を孕む。

青空文庫 芥川龍之介 二つの手紙
 先ず何よりも先に、閣下は私(わたくし)の正気(しょうき)だと云う事を御信じ下さい。これ私があらゆる神聖なものに誓って、保証致します。ですから、どうか私の精神に異常がないと云う事を、御信じ下さい。さもないと、私がこの手紙を閣下に差上げる事が、全く無意味になる惧(おそれ)があるのでございます。

信じてもらう、というのは自我を保つ上で何よりも必要に迫られることの一つなのだろう。そして、信じてられているという実感が失われたときに、自我は弱まっていき、ドッペルゲンガーの登場と共に訪れる「死」が彼を覆うのかもしれない。

青空文庫 芥川龍之介 或旧友へ送る手記
誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。それは自殺者の自尊心や或は彼自身に対する心理的興味の不足によるものであらう。僕は君に送る最後の手紙の中に、はつきりこの心理を伝へたいと思つてゐる。尤もつとも僕の自殺する動機は特に君に伝へずとも善いい。レニエは彼の短篇の中に或自殺者を描いてゐる。この短篇の主人公は何の為に自殺するかを彼自身も知つてゐない。君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、或は又精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するであらう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示してゐるだけである。自殺者は大抵レニエの描いたやうに何の為に自殺するかを知らないであらう。それは我々の行為するやうに複雑な動機を含んでゐる。が、少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。

参考サイト
青空文庫 芥川龍之介 二つの手紙
青空文庫 芥川龍之介 或旧友へ送る手記
芥川龍之介 – Wikipedia
ドッペルゲンガー – Wikipedia
コンプレックス – Wikipedia
解離性同一性障害 – Wikipedia

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