日本国憲法に勤労の義務が入った経緯

日本国憲法の国民の三大義務というと教育、勤労、納税ですが、元々旧大日本帝国憲法には勤労の義務というものは無く、日本国憲法になって勤労の義務が権利とセットで盛り込まれることになりました。wikipediaではその勤労の義務の由来について、こう書いてあります。

勤労の義務 – Wikipedia
この規定の由来については諸説あるが、一番有力なのは、元農林大臣の石黒忠篤や代議士の竹山祐太郎が、二宮尊徳の「報徳思想」の精神に則って、日本国民が自らの勤労の力で太平洋戦争で荒廃した祖国を再建させてゆこうという発想から提案されたものだと言われている(橋本伝左衛門・日本農業研究所『石黒忠篤伝』(1969年、岩波書店))。

なかなか興味深い記述ではあるんですが、帝国議会会議録データベースを漁ってみると勤労の義務を提案していたのは竹山代議士ではなく、穂積七郎という議員。かなり熱心に勤労の義務を盛り込むべく主張を繰り広げています。昭和21年07月03日衆議院帝国憲法改正案委員会から長文ですが、かなり興味深いので穂積議員の意見を引用します。

私は此の國民の權利義務の中に於て最も中心的に論ずべきものは、言ふまでもなく前世紀的なものではあるかも知れませぬが、ここに言はれて居る基本的な人權の尊重、是はもう言ふまでもないことであります、所が今日の時代に於て之に附加すべき中心として考へらるべきものは、言ふまでもなく勤勞體制の建設でなければならぬと思ふのであります、日本の民族の政治的獨立なり、それに依る世界平和への貢獻と云ふ民主的な最初の出發の自覺を民族生活に對して持ちましても、我が國に於きましては觀念としてはそれは成立ちますが、經濟的基礎を全く缺いて居るのであります、隨て政治構造なり思想の面に於て植民地化の危機があるだけでなしに、經濟的基礎に於て獨立の要件を缺いて居ると私は思ふのであります、其の立場に立つて若しここで凡ゆる意味に於ける民主主義的な日本の經濟と國民生活の構造とは一體何だと云ふことが立案者の中に理念されて居るとするならば、進歩的な意見はそれは社會主義者の立場であつて、我々は認識を異にすると云ふやうなことで逃げらるべき性質のものではないと私は思ふのであります、終戰後の日本の生活なり經濟の基礎と云ふものを眺めました時に、今までの前世紀的に、此の經濟を裕かにし、國民生活を再建するのに考へられましたのは、一つは武力と二つは資本の力であります、之に依つて國内の勞働力を生産下に組入れて、さうして餘剩利得を此處に蓄積すると云ふことだけでなしに、更にそれが發展致しまして、帝國主義の特徴である自らの持てる武力と資本の力に依つて、外地の民族を支配すると云ふことが、今までの民族經濟の建設の場合に手取早く考へられて來たのであります、併しながら是が非民主的であり、非平和主義的であつたと云ふことは、今まで幾多の人々に依つて明かにされて來たのであります、假令それが許されたと致しましても、今日の日本の經濟の現實、國民生活の現實から致しましては、此の條件と云ふものは全くないのであります、そこで次に我々と致しましては、國内にある物は何だ、資源はない、それでは後は何かと云へば、景色が佳いと云ふことであります、景色が佳いから觀光的な經濟の復興はどうかと云ふことが一應考へられますが、それは決して國民生活の建設の健全なあり方ではない、そこで最後に日本の經濟なり或は生活を立直して行く爲に、中心として我々が考へらるべきものは、唯一つ我々全勤勞國民體内にありまする思想の力と、勤勞の力以外に私はないと思ふのであります(拍手)正しき思想に導かれたる勤勞の力を、如何にして經濟生活の中に組織化するかと云ふことが、是が國民の權利義務、即ち日本の民主主義改革の基礎でありまする經濟と生活に於ける民主化の確立の中心でなければならぬ、此の意味に於きまして、私は此の第三章に於ける中心的な問題は前世紀的な基本的な人權の尊重は、是は封建制がまだ殘つて居ると云ふことで付けても結構でありますが、積極的に付けるべきものは、私は全國民が働く場を與へられ、働く國民が安心して生活して行くことが出來、さうして働かざる者は食ふべからずと云ふ經濟の體制が出來、生活の體制が確立され、更に最も重要なことは、其の働く國民が政治だけでなしに、政治界に於ける民主化だけでなしに、經濟と文化全般に亙りまぬる參加が許されて、民主主義が確立されなければならぬと思ふのであります、是が出來て初めて私は日本の今までの戰爭の原因であり、又敗戰の原因でありました勤勞體制の非民主的、非生産的の行詰りを打開出來る。言換へるならば、日本の民族建設の爲に其の中核となるべき勤勞層と云ふものが、實は知らしむべからず、由らしむべし、生かすべからず、殺すべからずの徳川時代以來の封建的な政治、經濟の原則に依りまして抑へられて來たことが、是が民主主義化を不可能ならしめたる根源であります、私は其の意味に於きまして、如何に議會が中心となつて、最高機關と云ふことが決定され、或は天皇の大權が大多數が國家の正當なる民主的なる機關を通じて履行されなければならぬと云ふことが確立されましても、日本の民主主義改革の基礎と云ふものは、此の勤勞體制が確立すると云ふ所になければ絶體にあり得ないし、今後の日本の經濟の復興も、民族の運命の開拓も、今日の飢餓と窮乏に瀕して居りまする國民生活の開拓も、是れ以外にはないと私は固く信ずるのであります、其の意味に於て此の條章の中に、私は勤勞に對する權利だけではなしに、より勤勞の義務制をここで確立すべきである、從來日本の教育、或は法律制度の上に於きましては、兵役の義務と云ふものが中心を成して居つたのでありまするが、此の軍國主義的なるものに代るに、我々が第二章に唱へられて居りまする理想を實現する現實の實行と云ふものは、正に勤勞の義務制を國民生活の中に確立する、寧ろ其の面が強調されなければならないし、同時にもう一章附加へらるべきものは、全勤勞者が法律の定むる所に依つて經濟の運營に參加發言することが出來ると云ふ條章がここに明確にされねばならぬ、是で初めて今までの日本の統一理念としての天皇と云ふものの、第一章の天皇と云ふ理念を我々が此處で積極的に活かすことが出來る、國民と共にある天皇であり、國民の生活の中に其の天皇の理念が活きて居ると云ふことが言はれる、一君萬民と云ふことが胡麻化しに使はれるのではなしに、現實の生活の中に證明されなければならない、所が戰爭中特に昭和六年以後に於きましては、軍官の指導者が、或は資本家が惡い事をする爲に、搾取する爲に天皇が使はれ、國家が使はれ、或は又下の者が發言して正しき主張を民族發展の爲に表現しようとする時に、それを仰へる爲に天皇が使はれ、國家が使はれて來たのでありまするが、之を引繰返さなければ、國民と共にある天皇などと云ふことを理念として言ひましても、或は平和の建設と言ひ、或は政治に於ける民主化と言ひましても、一切の民主主義の思想と體制は空言であり、此の勤勞國民を中心にしました、今申しました勤勞の義務制と、全國勤勞國民が、經濟と生活の運營に對して、法律の定むる所に依つて之に參加すると云ふ體制が出來なければならぬと私は信ずるのであります、之をどうぞ國民生活の民主主義建設の中心の構造として御取上げ願ひたい、其の考へ方を私は御願ひと共に御尋ねする次第であります

戦争の原因が非民主的な労働体制にあったという反省の上で、基本的人権より勤労の義務こそ重視し、「働かざるもの食うべからず」という思想の元で、兵役の義務に代わって勤労の義務が中心となる体制、勤労義務を敷くことで天皇を中心とした一君万民の体制を作るのだと、そのようなことを主張しています。で、概ねどの議事録でも穂積議員が勤労の義務の導入について論陣を張っており、最終的に衆議院の修正によって日本国憲法に勤労の義務が盛り込まれましたので、導入当時はおよそこのような考え方を反映するかたちで盛り込まれたということのようです。

穂積七郎は戦前は極右テロを繰り広げることになる血盟団のメンバー四元義隆、田中邦雄らとともに帝大七生社という極右団体の活動家として大暴れし、戦後は一転して左翼に転向し社会党に所属(実は「勤労の義務」の導入は社会党の憲法草案にあるものです→ 社会黨 憲法改正要綱(テキスト) | 日本国憲法の誕生 )。のち佐藤栄作首相を「売国者」呼ばわりして懲罰を受ける一方、日朝友好に尽力するなど色々アンビバレントな顔を持ったかなり興味深い経歴の政治家のようです。

この勤労の義務の経緯について、江橋崇法政大学法学部教授が「国家主義的なボランティアリズムと左翼社会主義の合体」というかなり当を得た表現をしています。

資料 日本国憲法制定の経緯における「国民の義務」
 「勤労の義務」は「労働の権利」ととはまったく別のものである。この場合、労働とは、自己及び家族、友人らの健康で文化的な生活を支える自助の努力という意味で個人目的性の強いワークであり、逆に勤労とは、公共のために献身するという目的の役務提供のワークである。こういう勤労を義務付けるというのであれば、市民は、国家に対して、役務提供の憲法上の義務を負うことになる。したがって、この意味での勤労の義務は、労働の権利とは別の条文で、別個に規定されるべき筋合いのものであった。

 ところが、憲法草案が審議されていた当時は、社会主義思想の強い影響の下に労働運動が活発に展開され、「働かざる者は食うべからず」で、人間は労働する義務があるのだという左翼的な主張もなされていた。左翼は、もし勤労が国家への役務の強制的な提供であると知っていれば反対したであろうが、そこで巧妙にも官僚たちは「勤労の義務」を「労働の権利」と結合させ、「勤労の権利と義務」にしてしまって左翼の支持も取り付けた。ここに、国家主義的なボランティアリズムと左翼社会主義が合体してしまい、憲法の規定は、右と左で違った色彩に見える意味不明のものとなってしまった。
 戦後の憲法学は、左翼的であったから、この条文に含まれている、国家緊急時における、兵役に代わる役務提供義務という本来の意味を無視して、働くことは権利にして義務であるという説明をしている。こうなると、しかし、「義務」の性格はわけが分からなくなる。義務は権利に対応する。市民は、誰に対して勤労する義務があるのか。これがさっぱり理解できない。そこで、憲法の施行後の解説書では、「勤労の義務」というのは趣旨不明な言葉としてあつかわれた。そして、だれかが、この言葉があるので勤労の義務への意欲がない市民に対する国の福祉配慮義務は否定されるという理屈を立てると、それが広まって、またいつまでも影響して、今日までこのように解釈されている。

その権利と義務の不幸な結婚が規定から実体を失わせて道徳的規範に止め、かつそれがあることで働けないあるいは働かない人に対して生存権を脅かしかねない解釈も可能になり、またこの勤労が義務であるという規定によって働かない事に対する罪悪感や、批難の一要因にもなりかねないという、なにやら意味不明だけど、無駄に存在感だけある規定になっているという感じがありますね。今となっては義務規定は邪魔なだけのような。

まぁ、歴史的経緯をざっくり把握すると色々と議論のネタにできるのではないかと思いますので、興味がある方は調べてみるとおもしろいですよ。とりあえず「国会会議録検索システム」をあさるだけでも色々発見があるかも、というあまり深入りしない感じのまとめ方ですいません。
参考サイト
勤労の義務 – Wikipedia / 田中清玄と安保全学連 / 帝大七生社 – Wikipedia / 資料 日本国憲法制定の経緯における「国民の義務」 / 社会黨 憲法改正要綱(テキスト) | 日本国憲法の誕生 / ニートひきこもりJournal 勤労の義務 / 国会会議録検索システム

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