村上春樹「抜け道の数が多ければ多いほどその社会は良い社会である」

寝ようかなーと思いつつ久しぶりに本棚の隅っこに隠れていた「村上朝日堂」を手にとってパラパラと読んでいたら、ちょっととある一節が目についたので思ったことを書いておきます。

村上春樹が昭和四十九年、国分寺でお店をやるときに自己資金で250万、ご両親からの借り入れで250万、都合500万用意したけど、今だと500万じゃムリで2000万円ぐらいかかっちゃうよねー、2000万円ってさすがに若い人が集められる金額じゃないよね、という話から、そのコラムをこうまとめていた。

(「村上朝日堂 (新潮文庫)」P57)
今、「金もないけど、就職もしたくない」という思いを抱いている若者たちはいったいどのような道を歩いているのだろうか?かつて僕もそんな一員だっただけに、現在の閉塞した社会状況はとても心配である。抜け道の数が多ければ多いほどその社会は良い社会であると僕は思っている。

この文章が書かれたのは八二~八四年のこと。まぁ、社会状況はいろいろ一回りしちゃいましたね。”抜け道の数”自体が下がったのかどうかはわからないけれど、例えば十年前ぐらいと比べると、抜け道を抜けるにも結構熟練の”わざ”みたいなのは必要になってきているのかもしれない。春樹が店を始めた70年代前半は、高度経済成長期の一色に染まったかのような社会の後に来た大きな祭りの、そのまた後のちょっとエアポケット的な緩んだ時期で抜け道はごくごく手の届く範囲に見えていたんだろう。

そういう踊り場的な時期のあと八〇年代から再び一色に染まっていくような時代があって、その侵食が抜け道を見えづらくしていたのかもしれない。そんな中で抜け道が見えづらくなっていることを嘆いたのかな、と思ったりした。

とはいえ、高度経済成長期にしても一色に染まっているように見えて、実は大企業とそれ以外とで全く雰囲気はちがったようで、これは例えば労働問題あたりの話でも日本型雇用がまるで全てであるかのように書かれていたりするんだけど、全く別の、大企業がストック型社会であればそれ以外はかなり柔軟なネットワーク型の社会であったらしく、まさにけもの道を行くような転職、無職、フリーランス、自営を繰り返しつつ人のつながりを駆使して生き延びていた人達が多かったっぽい。

色川武大御大がやっぱりエッセイでたぶん昭和三十年代ころのことだと思うのだけれど、就職しても会社には長居せず最初の会社は三ヶ月、その後も半年ぐらいで次々転職をしていった的な事を書いていた。いわゆる抜け道を抜けるプロがたくさんいて、まぁ、色川さんなんかそういうのの達人中の達人のような人だけれど、若い人もそういう人達がさくさく抜けて行く様子を見ながらそれにならって抜け道を抜けられたようだ。

この八〇年代前半に春樹が書いた抜け道の数の少なさの嘆きと二〇一〇年の今の状況がどうしてもオーバーラップして見えてしまうのは、やっぱり抜け道の見えにくさなんだろうと思う。あるいは見えているのに抜け道に見えない、何かに擬態しているようなところがあるのかもしれない。しかし抜け道はあるし、例えば経済成長って話でいうなら確実に当時より成長していて、底上げされているわけで、抜け道の数は実際のところは圧倒的に増えていておかしくない。

抜け道を見えにくくしているものは、たぶん、かつては見えやすかった様々な立場とか地位とかを超えた横のネットワークがここ二十年ぐらいで一気に途切れ、消失いったことがあるんじゃないかと思う。タコツボ化して、抜け道を不敵に抜けて行く達人のおっさんと、若い人との繋がりが消失してしまったってところがあるんじゃないのかな。

最近良く雇用流動化とか解雇規制撤廃うんぬんの議論とかあってタコツボ化してないように見えるけど、あれ完璧に雇用者側の都合であって、そうじゃない側にしてみればぽーんと放置されているだけなんで、横のつながりには程遠い現状なんじゃないのかな。逆に共同体・集団毎に断絶が強くなって、そこから取り残された人は孤立して終わる。結局のところ自律的に横のつながりをつくらないと、抜け道は見えないんだけど、抜け道が見えないから孤立するというジレンマみたいなのもあって、いわゆる失われたソーシャルキャピタルの再生には時間がかかりますよね。

って何の話だかよくわかんなくなってきたんですけれど、要するに、そんなに苦労しなくても目の前に沢山抜け道が見える社会こそ良い社会だとおもう、という話でした。

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