なぜ、葬式では死者に食物を供えるのか?

そろそろ、しばらく放置していた神仏習合まとめシリーズ(その1その2)の続きを書こうかなと思い、ケガレ思想関連の本などを漁っていたら波平恵美子著「ケガレ (講談社学術文庫)」に葬儀と食物の関係について整理されていたので、それを踏まえて、なぜ葬儀で食物が死者や関係者に与えられるのか、について簡単にまとめておきます。
日本の様々な地方で、例えば死者に一杯飯や団子を供えたり、墓堀人や湯灌をする人などに食物が供されたり、親族ややはり湯灌をする人は冷酒を飲む、など葬儀の際に食物が使われる事例が多くみられます。
この中でも特に霊に対して食物が供えられるという例は仏教が日本に入ってきてから民間習俗と混淆した結果生まれた儀礼で、その観念はケガレ思想とも密接に関わっていると考えられています。
何故死者に食物が供えられるのかというと、「死者は満たされない状態にある」という観念が前提にあります。死者は死後、飢えている、あるいは喉が乾いている状態に置かれ、死者儀礼はその死者の満たされない状態を癒し、不満を解消させることを目的としています。仏壇の水を何度も取り替える、死水を送る、水をかける、団子や膳を供える、などは死者の「不安定で満たされない、欠乏した状態」を満たすために行われている儀礼だと考えられます。
また、死者が満たされない状態にあるが故に、死体に触れる者や葬儀に関わるもの、その親族などはあらかじめ酒や食物を口に入れ「満たされた状態」にすることで「死のケガレ」を回避する目的があると考えられています。
このようなケガレの状態にある者を満たすことで現状に復す機能とともに、例えば茨城県南部には忌明けに草履の底にぼた餅を塗り付けて墓の側に立てる習俗があり、これは食物ないしは食物をシンボライズしたものにケガレを付着させ捨て去ることでケガレを祓い、現状に復すという側面もあります。
さらに、食物には「ある段階から次の段階へと、人や物や状況を移行させる力」があると捉えられている面もあります。葬式など儀礼に関わった人が葬儀後に飲食をしたり、あるいはムラの外から内に戻ってきた人が会食を行うなど食物を口にすることで「ハレの状況から、ケの状況へ」と移行していく通過儀礼の機能があると考えられてます。
このような死者は満たされない状態にあり、物言わぬ死者の気持ちを慮って満たさなければならないという心理は、葬儀等の儀礼から離れて、現代社会の人々にも少なからぬ影響を及ぼしているようにも思います。
倫理学者で東京大学教授の竹内整一は著書「日本人は「やさしい」のか―日本精神史入門 (ちくま新書)」で「やさしい」と言う語の変遷を辿り、「やさし」という語が当初「身も痩せ細るほどに恥ずかしい」という意味で使われていたものが時代を経ていくことで江戸時代には「他人のために譲ったり与えたり貸したりして助けた行為に対しての評価」の言葉へと変化して行くことを明らかにしていました。「やさしい」という言葉は現代人の最も重視する倫理観の一つですが、この変化に「物言わぬ死者の気持ちを慮って欠乏を満たす」ことに務める死者儀礼の概念が少なからず影響を与えているのではないか、とつらつらと考えています。
他者との関係を滑らかにし、ある種の人の美徳としての発露である思いやりの気持ちの反面、過剰なサービスや人間関係を呪縛する一種の同調圧力の面という表裏一体の言葉「やさしい」を育んだ、とまでは言えないとしても、少なからず影響を与え続けている観念なのではないか、と思ったりするのですが、少々飛躍しすぎかもしれません。
まぁ、このあたりはとりあえず豆知識としてまとめておきつつ、ケガレについては後日もう少し整理して、おいおいケガレも含めた習俗や信仰が現代へと繋がっていく様子についてはまとめていければいいかなということで、とりあえず後半は軽く流し読みしておいてもらえればです。はい。
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