「空言をもって義理を説くも、人を感動せしむること薄し」

「空言をもって義理を説くも、人を感動せしむること薄し。事績を挙示し、読むものをして憤然として感情興起せしむるに如かず。」
        浅見絅斎(山本七平著「現人神の創作者たち〈上〉 (ちくま文庫)」P191)

浅見絅斎は江戸時代初期の儒学者である。師の山崎闇斎とともに中国の朱子学を日本流に換骨堕胎し天皇を絶対として、その正統性に従うための理念・行動規範を体系化した崎門学派と呼ばれる思想を大成させた。
絅斎は上記の言葉を実践してみせた。絅斎の著書「靖献遺言」は中国で儒教・朱子学的正統性に殉じた歴史上の八人の人物―屈原、諸葛亮、陶淵明、顔真卿、文天祥、謝枋得、劉因、方孝孺―の生き様を描いた本だ。一六八四年から一六八七年ごろにかけて書かれたこの本は、百数十年後、勤王思想に燃える志士たちの間で大ベストセラーとなる。そして描かれた歴史上の人物たちの生きざまを通して滲み出る絅斎の思想は、彼らをして尊皇攘夷から明治維新へと突き動かし、半ば狂気すら帯びるほどの原動力の一つとなっていく。
最近、漠然とあるべき論的な「空言をもって義理を説く」ことを避ける傾向がとても強くなってきていました。
「空言をもって義理を説く」ことには人を呪縛する魔力のようなものがあって、そのような「べき論」は確かに反響も大きくなりがちであり、それゆえにときに語る人は一種の達成感を超えた自己無謬感、全能感に囚われることが往々にして起こり得るように感じます。その無謬感は知ることを阻害し、時に対立を作り、あるいは排他へと繋がるのではないでしょうか。
僕も良く空言を書いたり語ったりしていたのですが、どこかでその自己無謬感という呪縛の囚われ人になっているような違和感を抱きはじめ、その違和感は徐々にその自身の欲求と距離を置かないと危険だなという恐れへと繋がっていきました。
そのような恐れが湧き上がるのと反比例するように、どうあるべきかを語るより、人や事象がどうあったかを一つ一つじっくりと見て行きたいという思いに強く駆られることが多くなってきて、「一を以て万を知る」ならぬ一を以て万を語るかのような空言を論じるよりは、小さな事象やかつての人の生き方、思想などとじっくり向い合って、何か書くことがあればそれを書くという方向へと進んできつつあるなと思います。
絅斎の例は、一つ一つの事績を挙示することによって、確かに人を突き動かす一方で、その思想の絶対主義的な側面もあって、人を極端な方向に走らせ、ある種の悲劇へと繋がっているので、僕の主旨とは、少しずれるのだけれど、「空言をもって義理を説くも、人を感動せしむること薄し。事績を挙示し、読むものをして憤然として感情興起せしむる」ことの大事さは、特に後半が、他者に向けてではなく自身を対象に読み替えて、事績を知ることが自身の内面に「感情興起」させているなぁという実感を強くと感じている今日この頃です。
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