「いつアメリカに帰るのですか?」

社会学の権威、見田宗介東大名誉教授の「社会学入門」に、胸が締め付けられるこんなエピソードが紹介されていた。

(見田宗介著「社会学入門―人間と社会の未来 (岩波新書)」P102~103)
一九九〇年代に何年かの間、わたしの所に来ていたアメリカの留学生で、ガーリーという気のいい青年がいて、下町の谷中の「長屋」みたいなたたみの家を借りて住んでいました。彼は日本人になるつもりで、日系のアメリカ人がたくさんいることと同じに、「アメリカ系日本人」になるのだと言っていました。彼が日本人とよい友達になると、いつもきまって聞かれる質問は、「いつアメリカに帰るのですか?」ということで、さびしくなる質問です、と言っていました。わたしは日本人なので、この質問をする日本人の意図もよくわかる。たぶん悪意ではなく、彼がいい奴なのでいつまででもいてほしいのだが、まさか日本人になりたいアメリカ人がいるとは考えないので、いつまで日本にいてくれるのかなあ、というつもりで聞くのだと思う。けれども聞かれた方にしてみると、たとえばよその家に行って楽しく話しているときに、「いつ帰るのですか?」と聞かれたら、とたんに固まってしまうと思います。そのことだけが原因でもないのですが、ガーリーは結局日本の社会のシステムに受け入れられず、ある日お寿司を食べながらとてもさびしい声で、「ぼくはやっぱりアメリカに帰ります。」と言いました。そのすこし後でガーリーはアメリカに帰り、そこで自分の命を断ちました。

社会学入門―人間と社会の未来 (岩波新書)
見田 宗介
岩波書店
売り上げランキング: 16922
おすすめ度の平均: 4.5

5 「大人になったら失われる、ということのない<きれいな魂>の生きつづける世界というものがある」
5 ほんものの「社会学」の入門書。必読の書です。
5 どこからでも読めますね
5 見田式社会学入門
5 他分野に興味のある人にもお薦めな1冊

とても哀しいエピソードだった。読んだ時、思わず天を仰いだ。
「いつまで日本にいてくれるのかなあ」という思いとともに、日本という異文化の中でガーリーさんが暮らすことを慮って、住み慣れたアメリカへと帰ることが、彼の安心に繋がるのではないかという「思いやり」の気持ちもあるかもしれない。
ある種の「無垢なる善意による排除と排他」は確実に、どうしようもなくこの社会に横溢している。それは「やさしさ」の一つの形ですらある。人々はある一定の文化・価値観を共有する若干閉鎖性が強い小集団に所属することを当然のこととし、その小集団間での交流か、あるいは集団を越境してきた者も、いつかは自身の所属すべき集団へと帰っていく、という観念は確かに一つの常識として我々の中にある。
その小集団はかつては村であったり家族であったり会社であったりというある程度固定的な集団であったが、今は瞬間的に形成され、そして消えていくその時々の少人数による関係性に閉鎖性と排他性が宿る。その関係性を瞬時に構築できる一定の価値観の共通性と能力が特に重視され、それが出来ない者はナカマとはならない。ナカマを瞬時に構築できるような一定の共通性がある文化圏に身をおくことが幸せであり、そのような常識の下で、ナカマになれそうもない人を排他することが「やさしさ」であるという反転構造を生んでいるのではないだろうか。
瞬間的に生み出される閉鎖的集団としてのナカマの解体が、やさしさとしての排他をも解体することにつながると思うのだが、閉鎖的集団を作ろうとする意志は不確実性に対する恐れや不安を動因とする。それゆえに不確実性が増す一方の現代においては、排他性もまた残り、時に強化されていくのだろう。
ガーリーさんが命を断ったことと、異質な者を排除する力学との因果関係はわからない。しかし、少なくとも他者への「排他」性は我々を強く呪縛している。そして、我々は他者を「排他」していることに、あるいはその行為が「排他」であることにすら気付いていないようでもある。

(山本七平著「現人神の創作者たち〈上〉 (ちくま文庫)」P13)
「思っていない」ことが、すなわち「何により自分はそういう発想をするのか」という自覚のないことが、私のいう呪縛である。

我々は、いや、私は呪縛を解き放つことが出来るのであろうか。
関連エントリー
暴走する「甘やかな連帯」
外集団の価値基準に左右されながら閉鎖的な内集団を形成する社会
「社会」と「世間」の違い
「コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来」広井 良典 著
「「空気」の研究」山本七平著
コミュニティは安心を与え、自由を奪う

「世間体」の構造  社会心理史への試み (講談社学術文庫)
井上 忠司
講談社
売り上げランキング: 273182
スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連コンテンツ

スポンサーリンク
スポンサーリンク