調布の深大寺に行ってきました

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先日、テレビドラマ「ゲゲゲの女房」でも話題の古刹、深大寺に行ってきました。
深大寺
調布市にある深大寺は正式には天台宗別格本山浮岳山昌楽院深大寺といい、天平五年(733年)、満功上人が法相宗の寺院として創建したと伝えられており、都内では浅草の浅草寺(創建推古天皇三十六年(628年))についで古い歴史を持つと伝えられる寺院です。

深大寺という名前の由来は仏教神深沙大将(深沙大王)からとられています。深沙大将は髪の毛を逆立て、膝頭に象の面、腹に女性の顔を刺し、髑髏の首飾りを身につけ、左手に蛇を巻きつけ、右手に戟を持つ異様な姿として描かれる神で、様々な仏教説話では三蔵法師玄奘の旅で彼を護ったと伝えられ、後に西遊記で河童の沙悟浄のモデルになったと言われています。

859年、そのころにおきていた武蔵国司蔵宗の乱の平定祈願を行った高僧恵亮に与えられ、その際天台宗に改宗し、現在まで続いているとのことです。しかし、武蔵国司の一覧などを調べてみると蔵宗という人物は見当たらず、誰のことか、武蔵国司の乱がいつのことかはちょっとはっきりわかりませんでした。何分古い時代の伝承にちかい由緒のことですので曖昧になるのはやむを得ないところでしょうね。曖昧な部分も多くありますが、関東地方でも有数の歴史を持つ古刹です。

門前の様子

深大寺門前
深大寺の門前には深大寺名物のおそば屋さんが軒を連ねており、平日でもお客さんがたくさんいてどのお店も大繁盛してます。
深大寺で蕎麦が名物になったのは江戸時代のこと。湧き水に恵まれていたものの、やせた土地のため米作には向かず、周辺の農民は代わりにそばを作って深大寺に収めていました。その後、記録によると三代将軍家光が鷹狩の際に立ち寄り、寺僧が打つそばを気に入ったことから将軍に献上されるようになります。その後、八代将軍吉宗の代になるとそばはやせた土地でも栽培可能なことから、そば作が奨励されるようになり、深大寺一帯の農家に広がっていきます。そのころの深大寺そばは将軍に献上されたことからもわかるように庶民には馴染みが薄いものでしたが、江戸時代後期の文化文政年間になり文人太田蜀山人(大田南畝)が深大寺そばを激賞、その後文人墨客を中心として深大寺そばがブームになり、庶民にも広がっていきました。

深大寺城址のそば畑

深大寺城址のそば畑
現在、深大寺近くの深大寺城址はそば畑として活用されており、栽培されているようすが伺えます。

そば守観音

そば守観音
境内には「そば守観音」が建てられており、毎年10月には境内でそば打ちが行われ、そば守観音に奉納される「そば祭」が行われるとのこと。

鬼太郎茶屋

鬼太郎茶屋
深大寺の門前町には地元の有名人水木しげるのゲゲゲの鬼太郎にちなんだ鬼太郎茶屋もあり、関連グッズが得られてファンや観光客で賑わっていました。

深大寺本堂

深大寺本堂
歴史上幾度か火災の被害にあい、現在の本堂は大正八年再建、平成十五年改修されたものです。本尊は鎌倉時代前期の作といわれる阿弥陀如来像。
また、1870年に再建された鐘楼、鎌倉時代(1376年鋳造)の梵鐘とも国の重要文化財に指定されています。実際に吊るされている梵鐘は平成十三年に新たに作られたものとのことです。丁度、お昼時で梵鐘を打つタイミングに巡り会えたので、動画を撮影してみました。なかなか趣がある鐘の音です。

調布深大寺の鐘

元三大師堂

元三大師堂
鎌倉末期の作と伝えられる高さ2mにもなる巨大な元三大師像が安置されている。元三大師とは比叡山延暦寺中興の祖として名高い天台宗の高僧慈恵大師こと良源(912-985年)の通称で、元三大師像は秘仏とされ25年に一度開帳されます。2009年に開帳され次は2034年とのこと。近世以降、本殿と共に信仰の中心として多くの参拝客を集めています。

深沙大王堂

深沙大王堂
本堂から少し歩いたところにある深沙大王堂。高さ57cmの深沙大王像が安置されています。像は秘仏として非公開です。
豊富な湧き水を象徴するように、池や滝などが境内に配されて涼やかな雰囲気です。
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多聞院坂

多聞院坂
かつて多聞院という寺院があったが、明治初年に廃仏毀釈運動の中で廃寺となり、今は坂や、近くにある多聞院橋という名前にその名を残すのみです。この二股の坂を左に行くと青渭神社、右に行くと深大寺小学校になります。

深大寺小学校発祥の地碑

深大寺小学校発祥の地碑
その多聞院の建物を使って明治六年(1873)、深大寺小学校が創立されました。案内板によると「深大寺小学校は、明治5年の学生令にもとづき深大寺村戸長富沢松之助と浅田権蔵等村内有志がはかり、 深大寺の末寺であった多聞院の建物を借りて、明治6年(1873)に設立された。このあたりが多聞院のあった場所であり、深大寺小学校発祥の地である。この地つづきに建つのが現在の深大寺小学校である。」とのことで、当初は男子43名、 女子16名、職員は3名でスタートしたとのこと。

深大寺水車館

深大寺水車館
深大寺前のおそば屋さんが立ち並ぶ道を武蔵境通り方面へ10分ほど歩くと、水車館があります。かつてこの地にあった水車を再現したもので水車やひき臼などかつての生活の様子が体験できる施設です。事前に申込みしていると実際に玄米を精米したり、そばの実を粉にひく体験ができます。

案内板より
むかし、この場所に水車小屋がありました。水車の直径は約四メートルで、五つの搗き臼と一つの挽き臼があり、地元の農家の人たちが穀物を挽いたり、製粉に使ったりしていました。水車はまた、地域の人々のつながりを深め、くらしの伝統を守る役割もはたしていました。
この地域は、かつて雑木林が茂り、豊富な湧き水を水源とする逆川が流れ、水車の回る音が響いていました。逆川では、ウナギがつれ、サワガニがすみ、近くの田んぼにかけてホタルが飛びかっていました。それも今では、懐かしい思い出となっています。

かつての様子が目に浮かぶようです。

周辺の神代植物公園や調布の町などもあわせて人を惹きつけるにたる魅力を感じさせるスポットでした。併設する神代植物公園、水生公園、深大寺城跡などについてはまた次の機会に記事を書く予定です。あと、お蕎麦がやっぱり美味しかったです!


大きな地図で見る
調布駅北口より京王バス深大寺行き、他多数。

参考サイト
深大寺 – Wikipedia
調布市観光協会 深大寺周辺
深大寺観光ガイド「深大寺散歩」
深大寺そばの歴史
そばの史跡探訪『東京都・そば守観音』
発祥の地コレクション/深大寺小学校
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