かつて、世界の至る所で「沈黙交易」が行われていたという

世界史上、様々な地域でたびたび見られた商業形態の一つに沈黙交易というものがある。
十五世紀ごろ、西アフリカではマリ帝国の商人とニジェール地方の商人との間で以下のような取引が行われていた。

(赤坂憲雄著「異人論序説」P60)
サハラからラクダに積んで運ばれてきた岩塩は、マリ帝国にはいると、長蛇の列をなした人々の頭にのせて金の産地まで送られる。ある水のほとりまで来ると、一行は岩塩を一列にならべておき、半日ほど来た道をもどる。金の産地の黒人は船で金を運んできて、交換をのぞむ塩の塊のわきに、それと見合う量の金をおいて姿を消す。塩をおいた側がもどり、そこにある金の量に満足すれば、金をとって去り、あとから金をおいた黒人があらわれて塩をとる。こうして、たがいに接触することも言葉をかわすこともなしに、塩と金との交換が成立したわけである。

あるいは日本でも諸国の峠路の道中に中宿というものがあったと伝えられている。山梨県の大菩薩峠、秩父と多摩川上流の六十里峠、秋田県の仙岩峠、奥日光の峠などで、峠の双方の麓の村から交換するものを運んでここにおろし、そのつど向こうから来ているものを持ち帰る。奥日光では日光町から味噌や油が、栗山の山民からは木地や下駄材が出され交換されたという。

古くはヘロドトスの「歴史」の中に登場するが、「なんらかの理由のために相互に接触を忌避する、二つの民族ないし共同体のあいだでおこなわれる交易形態」であり外見としては「口をきかず物理的または象徴的に「接近しない」で行われる交易」という。(前掲書P61)

単に”接近しない”というだけではなく、接触の”忌避”が重要な要因で、異民族・伝染病感染者・異なるカーストに属する人間・外来者など異人とされる人々との接触がタブーとされ、その異人との交易の形態として沈黙交易は行われた。

この沈黙交易については研究者の間でも、交易の始原的形態にあたるものとする説と交易の特殊な形態の一つと考える説とでまだ結論は出ておらず、また歴史上にみられた沈黙交易に類似する様々な取引がそれぞれ沈黙交易にあたるかどうかについても研究の途上であるらしい。

接触しない取引というと今や広く浸透し、便利なことこの上ない楽天やamazonを始めとするオンラインショッピングやネットバンキング等のオンラインサービスを思い浮かべるが、これらは、単純に通常の商取引が利便化した結果、対面で行う部分を省略することができたにすぎず、他者への忌避が要因としてあるわけではないので、もちろん沈黙交易にはあたらないだろう。

Eコマースが沈黙交易かどうか、というお話ではなく、このようなインターネット上の非対面型の商取引が浸透していくことで、逆に他者への忌避と、それにともなう内集団の形成を生じさせることになんらか影響することはあるだろうか、ということに若干興味がある。つまり、共同体の形成→外部者としての異人の登場→異人の忌避→異人との交易の必要性→非対面型の沈黙交易の登場、の逆、非対面型の商取引の隆盛→外部者との接触の忌避→排除をともなう内集団の形成のような沈黙交易の登場と逆の流れを生むことに主要因ではないにしてもなんらか作用する可能性はあるだろうか。

このあたりの共同体の秩序が誕生し、異端者を排除し、あるいは異人との商取引が生まれていくプロセスは色々調べてみたりしてはいるが、まだよくわからない。ただ、現代社会の大きな流れに敷衍させて見ていくことが妥当であるのかどうか、また、このような特殊あるいは原初的な商業形態の一つである沈黙交易と現代の商取引との関係について慎重に考えてみたいとは思っている。

異人論序説 (ちくま学芸文庫)
赤坂 憲雄
筑摩書房
売り上げランキング: 17,371
沈黙交易―異文化接触の原初的メカニズム序説
フィリップ・ジェイムズ・ハミルトン グリァスン
ハーベスト社
売り上げランキング: 472,676
経済の文明史 (ちくま学芸文庫)
カール ポランニー
筑摩書房
売り上げランキング: 35,029
スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連コンテンツ

スポンサーリンク
スポンサーリンク