男はなぜ絶望し死を選んだか~「ペパーミント・キャンディー」

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2000年の韓国映画。「オアシス」「グリーンフィッシュ」のイ・チャンドン監督。韓国のアカデミー賞大鐘賞主要5部門受賞。列車が逆行していくように、一人の男の半生を韓国現代史とともに振り返っていく。
※映画の核心に触れています。

1980年5月、韓国に何が起こっていたか。光州事件である。
1979年、独裁者朴正煕大統領が暗殺されると、韓国は一気に民主化運動が盛り上がりを見せ、ソウルの春と呼ばれる民主化ブームに花開く。しかし中央政権では権力抗争が激化していた。1979年12月、全斗煥陸軍少将がクーデターによって軍の全権を掌握すると、金大中を始めとする野党指導者を次々拘束し、翌年5月から韓国全土に戒厳令を敷き民主化運動の武力鎮圧を開始する。
5月18日、光州市で自然発生的に学生と陸軍との衝突が自然発生的に始まると、翌日には一気にエスカレートして光州市全土で市民が蜂起して武力衝突が開始される。次々と韓国軍が投入される中、市民も武器庫を襲い武装して内戦状態になった。5月28日に終結するまでにおよそ2万の韓国軍が投入され、民間人に死者・行方不明者あわせて224名、5000名以上の死傷者を出す、韓国現代史に大きな傷を残す悲劇となった。さらに、このとき、米国が韓国軍投入を承認したことが、韓国の対米感情に現在まで残るしこりを生んだ。
光州事件後、全斗煥大統領による軍事政権は1987年の6月民主抗争によって盧泰愚政権が誕生するまで続き、この間運動家等反政府活動家の取締りを強化するとともに、三清教育隊と呼ばれる強制労働、警察による取調べ時の拷問など、苛烈な社会体制を作り上げた。
・・・この作品はそのような苛烈な社会体制を背景にして、一人の、花の美しさに涙する男性が、自身ではどうしようもない力によって人生に絶望させられていくまでを描いている。時に、どこかで軌道修正できたのかもしれないと思わされるところもあるのだが、しかし、それは一人の観客だから言えることなのだと思う。人生は確かに自身の力で作り上げるものであるのかもしれない。しかし、自身ではどうしようもない何かによって傷つき、その傷の癒し方がわからぬままで、自身と自身をとりまく多くの人を傷つけ、さまようことが往々にして、ある。
公開時に劇場で観て衝撃を受けて以来、約十年ぶりにこの作品を観て、ふと村上春樹のエルサレム賞スピーチを思い出した。

【日本語全訳】村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ – 47トピックス
 「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」ということです。
 そうなんです。その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。他の誰かが、何が正しく、正しくないかを決めることになるでしょう。おそらく時や歴史というものが。しかし、もしどのような理由であれ、壁側に立って作品を書く小説家がいたら、その作品にいかなる価値を見い出せるのでしょうか?
 この暗喩が何を意味するのでしょうか?いくつかの場合、それはあまりに単純で明白です。爆弾、戦車、ロケット弾、白リン弾は高い壁です。これらによって押しつぶされ、焼かれ、銃撃を受ける非武装の市民たちが卵です。これがこの暗喩の一つの解釈です。
 
 しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。こう考えてください。私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。
 私が小説を書く目的はただ一つです。個々の精神が持つ威厳さを表出し、それに光を当てることです。小説を書く目的は、「システム」の網の目に私たちの魂がからめ捕られ、傷つけられることを防ぐために、「システム」に対する警戒警報を鳴らし、注意を向けさせることです。私は、生死を扱った物語、愛の物語、人を泣かせ、怖がらせ、笑わせる物語などの小説を書くことで、個々の精神の個性を明確にすることが小説家の仕事であると心から信じています。というわけで、私たちは日々、本当に真剣に作り話を紡ぎ上げていくのです。

村上春樹のこのスピーチと、この作品とは理念を同じくしている。どれほど弱く愚かであろうとも、イ・チャンドン監督は常にヨンホの側に立って作品を作り上げている。そして「システム」はヨンホ自身に「他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ」、そしてヨンホ自身をも傷つけていく。
純白のペパーミント・キャンディーはなぜ踏み潰されたのか。見る者をその大きなテーマに向きあわせるために、この作品は映画史に燦然と輝き続ける。
参考サイト
光州事件 – Wikipedia / 全斗煥 – Wikipedia / 粛軍クーデター – Wikipedia / 輝国山人の韓国映画 イ・チャンドン ペパーミント・キャンディー / ペパーミント・キャンディーの研究

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