戸籍より遥かに重要な地籍未整備問題

200歳の幽霊戸籍なんかより、土地登記の幽霊所有者の方がはるかに問題
「土地登記簿にも明治や江戸時代の人いっぱい生きていそう」
今回マスコミは「戸籍上200歳が見つかった」とはしゃいでいるが、
実は社会上重大なのは、戸籍の不備問題より、土地登記簿所有者の不備の方がよほど「重大」である。

広井良典著「コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来 (ちくま新書)」では、明治維新以降の制度改革で現在まで引き継がれる課題として「地籍」の未整備問題を指摘している。
地籍というのは土地ごとの所有者、面積、境界などを示すもので、ヨーロッパではナポレオンによって民有地の形状と規模を図面化した「公図」が作成された。一方日本では地籍の整備が遅れている。
2004年度達成率
都市部 19%
宅地 49%
農用地 69%
林地 39%
合計 46%
都道府県別では大阪府が最も低く、地籍調査の進捗率は2%でしかないという。

同P131
全国の登記所にある地図の多くは、明治時代の地租改正時や戦後の混乱期などに作成されたもので、境界や面積が不正確なものが多い。不動産登記法では、土地の境界を明確にするため、正確な測量に基づく地図を登記所に備え付けるよう定めているが、その地図が整うまでの暫定措置として既存の公的地図(明治時代に作成された「字眼図」と呼ばれる地図や戦後の戦災復興図など)が参考図として使われており、それらを正確なものに置き換えるために行っているのが先ほどの「地籍調査」である。地籍調査がなかなか進まない理由は、土地が細分化され権利関係が錯綜していることに加え、地権者の利害に絡むことが多いからである。

この地籍調査を遅れさせているのが、上記リンクのような相続放置等の問題であったり、あるいはかなりシビアな、時に命にかかわるような利害であったりするのだろう。そしてこの地籍調査の遅れに象徴されるような都市計画のアバウトさが経済や福祉等社会全体に影響を及ぼしていると、広井は指摘している。

同P133-134
日本人はもともと土地に対して、”近代所有権”的な、ないし資本主義的な執着があったわけではない。その土地に対する感覚は、一方である種「共有的」あるいはコモンズ的なものであり、かつそれは言語以前的な、漠然とした、しかし確固たる愛着という性格を多分にもつものだった(それは人間にとっての原的な土地や自然に対する感覚として、ある程度普遍的なものだったといえる)。それが明治維新の地租改正で(地租を払うということとの関連で)一定の明確な土地所有意識が生まれ、やがて(地租を払えない農民が土地を売り払うことで)地主―小作の分化が進むとともに、第二次世界大戦後の農地改革で私的所有の絶対性が強まり、しかもそれが高度経済成長期の開発志向の流れに大きく組み込まれる形で半ば”暴走”していったことになる。
致命的であったのは、先の地籍の未整備という点や、都市計画の弱さという点などに象徴されるように、そこに「公共性」の論理による規制が働かず、私的利益の追求が野放しで展開していったことだ。ある意味では、農村的な論理(素朴な私益と「公共性」の強さ)が、共同体的な制約から解き放たれる中で都市的な論理の一部(私的所有権という発想)と奇妙に、あるいは中途半端に結びついた帰結ともいえる。

経済不況の中で福祉が問い直される昨今だが、居住の問題は福祉の根幹をなすにも関わらずそのベースとなる調査の遅れの存在は、今まで以上に重要で、致命的な問題となるのだろうと思う。戸籍はそもそもが差別と排除から始まった制度であり、その役目を終えつつあるが、その逆に、福祉や失業・貧困対策など土地の公共性について検討される前提として地籍はこれからますます重要度を増していくのだろう。
とりあえず気になった記事へのメモ的な言及として端的に書いた。この土地と公共性の問題まわりについては、僕自身良く理解していないところが多々あるので、今後よく調べて整理出来るところは整理してみたいとおもう。
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