下布田遺跡&染地遺跡 調布の古墳遺跡まとめ

調布市には多摩川・野川流域を中心に縄文時代から古墳時代にかけての遺跡が相当数点在しています。ただ、現在までその遺構が綺麗に残っているのは数少なく、ほとんどは整地され、発掘された出土品が博物館に保存されています。

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■下布田遺跡

下布田遺跡跡

下布田遺跡

下布田遺跡

下布田遺跡は京王線布田駅から多摩川へ向かって南へ一キロほど行った段丘上にある、縄文時代晩期の遺跡跡です。調布市内の遺跡の中では写真のように盛り上がった地形になっており、遺跡っぽさが残っています。この段丘の崖線(ハケ)下にはかつては天然の湧き水が出て、良好な生活の場となっていたと言います。

昭和三十九年に始めての発掘調査が行われて以降、ここからは国の重要文化財に指定される「滑車形耳飾」を始めとして土偶や勾玉などの出土品の他、600個以上の河原石を使って一辺約8メートルの方形区画に区切られた方形配石遺構、死者の骨を甕(カメ)に入れて埋葬した甕棺葬や墓コウ(土へんに広)などの遺跡が発見され、当時死者を弔う墓地であり、祭りや祈りの場であったことがあきらかになっています。

現在は隣に調布市郷土博物館分室が建てられ、下布田遺跡の様子が観覧でき、また随時遺跡あとの段丘を散策することができます。といっても、あまり多くの人が立ち入っているという雰囲気ではないので、動植物や植生の邪魔にならないようにそっと歩いてみるというのが良いでしょうね。

滑車形耳飾

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「旧石器・縄文・弥生時代」 『はけ上』に縄文時代の遺跡 – 調布市ホームページより

■染地遺跡

杉森遺跡広場

染地遺跡

染地遺跡は現在の日活撮影所の裏手に広がる調布市染地二丁目~三丁目一帯の地域に存在した集落跡です。およそ縄文時代晩期から平安時代にかけての竪穴住居跡等が発見されています。かつては市内有数の水田地帯でしたが、実はその水田の下に古代の集落跡が埋もれていることを郷土史家の石森直吉翁が発見。その後昭和四十一年以降発掘調査が行われ、古墳時代から平安時代にかけての竪穴住居跡跡、掘立柱建物跡、鍛冶工房跡、玉作工房跡等が発掘されるとともに、近年の発掘調査では弥生時代後期の竪穴住居、縄文時代晩期の遺構なども発見され、紀元前十世紀ごろから平安時代までおよそ2千年近くの間、集落が存在していたようです。

写真の杉森遺跡広場は染地遺跡があったと推定される地域の西端あたりに作られた地域の人達の広場です。特に遺跡と直接のかかわりがあるわけではなく、遺跡にちなんで地域の人達の憩いの場として作られたどこにでもある広場です。

これらの他、野川周辺に縄文時代中期ごろに存在した原山遺跡や飛田給二丁目付近を中心に古墳時代に存在した飛田給古墳など、調布市内におよそ64ヶ所の遺跡跡が点在し、武蔵国国府がおかれた府中に近接し、多摩川沿いという地形の利によって古代に特に栄えていたことが偲ばれますね。

下布田遺跡(調布市布田6-33)
大きな地図で見る
京王線布田駅から徒歩15分前後

参考文献
・調布市郷土博物館配布資料「下布田遺跡」「染地遺跡」

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